通 史 昭和38年(1963) 日薬−県薬−市薬
九州薬事新報 昭和38年(1963) 11月10日号

福岡県薬局等の適配条例
 施行細則並に告示  距離の測定  薬局等の定数告示

 薬事法の一部を改正する法律(全文本紙第五三七百、38年七月廿日号掲載)は去る七月十二日公布と同時に施行され、これに伴う福岡県の「薬局等の配置の基準を定める条例」(全文本紙第五四四号、九月卅日号に掲載)が38年十月卅一日公布施行され、同時に本条例の施行細則を公布施行し、並に県条例第三条第一項第一号の規定に基づく「薬局等の数」をも同時に告示した。細則及び告示の全文次の通りである。

 薬局等の配置の基準を定める条例施行細則
 (福岡県規則第七一号昭和三十八年十月三十一日)

(趣 旨)
第一条 この規則は、薬局等の配置の基準を定める条例(昭和三十八年条例第四八号。以下「条例」という。)の施行について必要な事項を定めるものとする。

(添付書類)
第二条 条例第二条第六号から第八号までに該当する場合は、次の各号に掲げる事項を証する書類を薬局等(条例第一条に規定するものをいう。以下同じ。)の許可申請書に添付しなければならない。

一 条例第二条第六号中、相続については相続人であること及び薬局等の継承についての相続権者の同意があること、法人であったものについては解散の際その法人の代表者であったこと。

二 条例第二条第七号については、薬局等の移転をしなければならないこと。

三 条例第二条第八号については、その組合が員外者利用の許可を受けていないこと。

(距離の測定等)
第三条 条例第三条の距離は、それぞれの店舗の側壁面(側壁面のない場合は、店舗が占める区画により想定される側壁面に相当する面とする。)の部分の最短間の直線水平距離により測定する。ただし、これらの店舗の場所が建物の一階以外にあるときは、当該場所の床面から一階床面に到るまでの最短垂直距離を加算する。

二 前項の距離を証する書類は、土地家屋調査士法(昭和二十五年第二二八号。)第六条の規定により登録を受けた土地家屋調査士の測量した図面とし薬局等の許可申請書にこれを添付しなければならない。

  附  則
この規則は、公布のロから施行する。

 福岡県告示第七百八十六号
 薬局等の配置の基準を定める条例(昭和三十八年福岡県条例第四十八号)第三条第一項第一号の規定に基づく薬局等の数を次のように定める。
昭和三十八年十月三十一日
   福岡県知事鵜崎多一

番号  適用地域    薬局の定数
一   福岡市      四二〇
二   北九州市     五〇七
三   直方市       四〇
四   飯塚市       六三
五   久留米市      九五
六   大牟田市      七六
七   田川市       四九
八   柳川市       三二
九   甘木市のうち昭和 二十九年四月一日 合併前の甘木町の区域  一四
十   八女市のうち昭和 二十六年四月一日 合併前の福島町の区域  一四
十一  筑後市のうち昭和 二十九年四月一日 合併前の羽犬塚町の区域  二
十二  大川市       三〇
十三  行橋市のうち昭和 二十九年十月十日 合併前の行橋町の区域  二〇
十四  古賀町のうち昭和 三十年四月一日合  併前の古賀町の区域  九
十五  芦屋町       九
十六  宮田町のうち昭和 日合併前の宮田町の区域  一六
十七  杷木町のうち昭和 二十六年四月一日 合併前の杷木町の区域  五
十八  筑紫野町のうち昭 和三十年三月一日 合併前の二日市町の区域  一四
十九  春日町       三一
二十  前原町のうち昭和 三十年一月一日合 併前の前原町の区域  一二
二十一 田主丸町のうち昭 和二十九年十二月 一日合併前の田主丸町の区域  八
二十二 小郡町のうち昭和 三十年三月三十一 日合併前の小郡町の区域  四
二十三 大和町       九
二十四 三橋町       八
二十五 瀬高町       二〇
二十六 金田町       七
二十七 苅田町のうち昭和 三十年一月一日合併前の苅田町の区域  一〇
二十八 椎田町のうち昭和 三十年一月一日合併前の椎田町の区域  八

      句 三 昧  筑前 徳島 山花

         風寒き山国川の鯊を釣る
         この岩や大鯊ばかり釣るゝこと
         ついて来て妻がしりえに鯊を釣る
         海へ出る鯊釣り舟の多かりし
         夕潮の鯊あきらめて引きあぐる

      句日記より  山盛 清水 鹿山

         抱きゆくほどの紫蘇の穂もらいけり
         紫蘇は穂に青雲の下阿蘇すめり
         行く秋の彩あざやかに庭匂ふ
         物思ふ枕の下のすがれ虫
         窓ふさぐ雨の暗さや冬近し

      句 帳 よ り  合屋 杉峰

        元福岡県会議長田中斐川翁喜寿記念句碑
        除幕式にて河野静雲師(七十七才)祝辞
         翁二人喜寿を交はして爽かに
         近道を出て来しところ稲架襖
         柿の宿厠を借れば柿呉れし
         連れて来し二人の孫と縁小春
         足跡のつゝき小春の浜伝ひ

随想片々【12】  磯 田 秀 雄  所得の考察

 我邦の近年の経済成長によって、国民所得は一九六二年は四二九億ドルで世界の第六位に躍進したが、国民一人当りの所得は四五一ドルで世界の第二十六位に止まっている、 更らに六三年では国民所得は世界第五位となったが、国民一人当り所得は第二十位に止まっているので、国民総所得では世界の一流国であるが、肝心の国民一人当りの所得は三等国か四等国並である。

  ○ ○
 国民総所得が如何に高額でも国民一人当りの所得が低額では国民生活は幸福とは云えないが、天然資源に乏しい我邦として世界第五位の国民所得は、これが精一杯ではあるまいか、国民一人当りの低所得は人口過多の故であるから、国民生活の貧困の域からの脱出は、困難で我邦国民の宿命とでもすべきであろう。

  ○ ○
 国民一人当りの所得四五〇ドルといへば邦価にして十六万二干円、一家族を五人と仮定すると八十一万円、一ケ月当りは六万七千五百円となるが、薬局を開設している薬剤師の所得が将してこの平均額に達しているかどうか、若し之れに達していないなら、それは濫売競争を敢てして自らの所得を減少している薬剤師の自業自得とすべきであろう。

  ○ ○
 日本商品の海外輸出の伸びは国民一人当りの所得の低額が示すとおり低賃金によるコスト安に基因することは俺ふべくもない事実である。
 然るに総評、中立労連などで組織される春斗共斗委員会は今秋から明春にかけてスケジュール斗争によってヨーロッパ並みの貸金獲得を目標に斗争を開始することを決定しているが、我邦の勤労者だけが独りヨーロッパ並の所得を確保しようというのはその蟲のよきと甘さは寧ろ滑稽で井蛙の愚と云わねばなるまい。而もそれが実現したら勤労者自らが我邦の産業を破壊することになるであろう。徒らな指導者の無責任無知な煽動は排除されねばならない。

福岡県薬・薬商組 理事支部長合同会議

 福岡県薬理事会 支部連絡協議会並に県薬商組理事支部長会合同会議を十一月一日午前十時から県薬会館で開催した。

 四島副会長の挨拶があって議事に移ったが、同氏からの中央情勢報告があった。去月廿六日東京で全国会長会議、薬政会評議員会が開催されたが、主として選挙の件についてであった、先の法改正の際高野会長の種々国会工作に応援して貰った関係からであり、又二年後の高野選挙にも関連するからである。今回の選挙では色々の事情があるので推薦状を出さず、実質的の応援に力を入れる方針で進みたい。

 又高野後援会については早急に本年分を集めて日薬に送り残余は今回の選挙に当てたい。後援会福岡県支部長には県薬政会長が当ることになる。適配県条例並にこれに伴う施行細則及び定数に関する告示は十月卅一日付で公布施行された。この事については古賀県議の厚生常委長であったことが非常なプラスとなったことを感謝している、条例問題についての県議工作などから考えて、今後は会のために実際に役に立つ人物に応援し役に立たない者には応援する必要はないと云う事を痛感した。今後吾々としては頭の切り変えが必要である。

 剤界の安定については目下の処安定要綱の実施運営に全面的に協力するより外良策はない。一、二年後には或は経済立法に指向する様なことになるかとも思われるが、これ又高野氏、役に立つ人と云うことになる。

 県商組よりの連絡事項として白木氏から話しがあった。去月廿日から安定要綱が実施されているが、未だに知らない人さえあるらしいが、既に大型店では実施推進しているので早急に徹底する様にしたい。殊に員外者に周知させることは非常に労力を要するので各地区共全員商組加入に全力をあげて勧誘努力されたい。それより宮崎に於ける本年度薬学大会の報告外十二件について報告並に注意事項などがあって、当日の合同会議を終了した。

福岡県薬業安定協議会  実施後の状況報告

 福岡県では本月廿日から安定対策要綱が実施されたが、実施の状況報告その他の問題協議の為県薬業安定協議会を、十月廿九日午後一時から福岡市クラブ九州で開会したが、廿名の全メノバー(代理者共)が出席した。

 当日は最初指導価格追加品目の発表と前回発表の分から品目の取消しなどがあり、次に安定要綱実施後の状況について商組側、卸、メーカー側からそれぞれ各自の要綱推進と実態調査の結果につき報告があったが、大体に於て大型店では価格も守られ成績も良好で順調に進んでいるが、小型店殊に員外小型店に於ては指導価格を下廻るものが能く見受けられる。甚だしきは安定要綱や指導価格等を未だ知らない人さえある様である。これは全く指事の不足と言わねばなるまい。成績不良の地区は北九州の一部及び福岡市の一部に見受けられる。

 組合のない地区、組合未加入者の多い処は指事その事に困難がある。四者共、商組の一層の強化と未加入者絶滅を要望している事に於て考方が一致している。当日の結論の焦点ともなった。

福岡県薬事功労者 表彰式挙行 祝賀会開催

 福岡県卅八年度薬事功労者として選定されている本間、清水、志岐、野口、亀井、三渕の六氏のために十一月一日午前十時から県庁知事室に於て表彰式が挙行され、表彰状並に記念品が知事(不在のため民生部長代)から贈呈され本間氏代表して御礼の言葉が述べられた。

 それより県薬主催の表彰祝賀会が県薬会館で催され、主賓六氏の外来賓として県衛生部木元次長、尾崎薬務課長外八氏が列席され、会員約五〇名がこれに参加、工藤理事司会して先づ五郎丸県薬会長は「六氏の表彰祝賀を主に、県条例並に細則の公布施行を兼ねて祝うために小宴を開いた様なわけであるので、ゆっくりご歓談をお願いしたい」と挨拶し、次いで木元次長の挨拶、表彰者紹介があり、志岐氏代表して感謝の言葉があった。 尚、当日は薬事功労者として、この程厚生大臣賞の受賞者深田徳治郎氏(県薬事協会長)をもお祝いの意味で招待していたが、止むなき事情で出席できなかったことは洵に残念であった。

福岡県薬事協会 深田会長の大臣表彰披露宴

 卅八年度薬事功労者として全国から九名が厚生大臣から表彰されることに決定し、其中九州関係者は福岡の深田徳次郎、佐賀の江口虎三郎の両氏であったが、この程厚生省大臣室で表彰式が行われ、式後ホテルオークラで昼食会が催された。
 深田氏は福岡県薬事協会長であり、全日本薬種商協会副会長でもあるが、県薬事協会では表彰披露のため十一月九日午後一時から福岡市住吉向島ら「西島」で関係団体幹部など多数の来賓のもとに和かな且つ盛大な祝賀の宴が催された。

藤沢薬品福岡支店 美と健康の祭  入賞者表彰式

 先に「東京オリンピックを成功きせましよう」のスローガンのもとに藤沢薬品主催、電通協賛、各地新聞社の後援により実施した第三回「美と健康の祭り」は華々しく成功裡に終了したが、この催しの入賞者の表彰式が福岡市中島町、明治生命ビル九階A室で十一月九日午後二時から挙行され、式後同ビル九階D室で盛大なパーティが開かれ、藤沢福岡支店ではその接待に大わらわであった。

第一製薬 ダ イ メ ト ン  30ml 新発売

 第一製薬の高級持続性サルファ剤ダイメーンは発売以来好評を得ているが、なお去月廿一日から三〇ml(シロツプ)包装を新発売した。
▽包装価格、( )内卸価格=三〇ml一八〇円(一二五円)

佐賀県雪印  すずらん会   秋の見学旅行

 昨年末雪印ネオミルクPFの新発売に際し、佐賀県薬業協同組合(理事長川内一男氏)では強力なる市場価格の維持と雪印乳製品の推奨拡売を目的とし「佐賀県雪印すずらん会」を設立、既に一ケ年を経過したが、その間、順調に所期の目的を果し市場の安定が成功している、この事業にはメーカーと卸の強力な援助もあり 又会費制度で会員の自覚を強調してきたが、会員の協力に感謝するため、見学と慰安をかねた秋の一日旅行をして会員の親ぼくをはかることになった。

 日時は十一月四日、県下鹿島、伊万里、唐津、佐賀の四ヶ所から各班出発し、佐賀市中央公園で勢揃いして鳥栖サロンパス工場、三沢ピックニックセンター、福岡雪印乳業工場、アサヒビール工場見学の後福岡市天神町周辺の大型薬局やデスカウント店を視察した、天高く大気爽かな楽しい一日をかけ廻り、得る処も非常に大であった。

サロンパス本舗 エアーサロンパス 新発売

 サロンパス本舗ではプラスターサロンパスの強力な浸透性をエアゾールに応用した筋肉消炎鎮痛剤「エアーサロンパス」を新発売した。

▽成分=五〇ml中にサリチル酸メチル八七五mg l‐メントール一五〇〇mg カンフル一五〇〇mg ジフエンヒドラミン二〇〇mg エタノール八〇〇〇mg レクタススクワラン二五〇mg ニコチン酸ベンジルエステル二〇mg サリメント八七五mg
▽特長=@八種成分の相乗的な集中効果A皮ふ呼吸を害しないからかぶれないB手がるに広くムラなく使用できるC爽快なかおりD衣服や肌をよごす心配ない。
▽適応症=肩のこり、筋肉痛、神経痛、筋肉疲労、腰痛、ロイマチス、しもやけ、関節炎、捻挫、打撲症、虫さされ、かゆみどめ、マッサージの効果増進。
▽用法=@ノズルを患部にむけて皮ふ面より一〇〜一五cm位はなしてボタンを一〜二秒押す、A必要に応じ一日数回用いる、風呂あがりには効果倍加する、Bマッサージを併用すると一層効果的C体質や患部の位置によって一時発赤することがあるがまもなく消失するので心配はない。
▽包装価格=五〇ml三〇〇円、T種可燃性

森下仁丹 テレビ音楽番組

 森下仁丹では今回「仁丹アワー平凡歌のバースデーシヨー」を次のネットによって十一月一日(金曜)から提供している。毎週金曜日午後七時から卅分間放送される。  フジテレビ(東京)仙台テレビ、東海テレビ(名古屋)関西テレビ(大阪)九州朝日放送テレビ(福岡)札幌テレビ、広島テレビ

 本テレビ音楽番組には現在人気絶頂の映画スター流行歌手、ポピュラー歌手などの芸能界のスター、プロ野球選手、相撲界、文壇などあらゆる分野の著名人の日中から毎週、誕生日に当る人を選び、そのゲストを囲んで豪華なバースデーショー形式で行われることになっている。第一回十一月一日には吉永小百合、弘田三枝子、舟木一夫、植木等、北原謙その他人気スターが登場して歌いまくった。

薬界短信

◆福岡市薬「薬と健康の週間」行事=県薬としては北九州市を中心として多彩な行事が行われたが、其一環として福岡市では十一月一日二日、新天会館で学術映画、画版展示など入場者約二千名、開設の栄養相談所には約百五十名の相談利用者があって成功であった。
磯部商会電話番号変更=本社下関市南部町八ノ一二の同商会では局番が変ると共に左記のように十月廿日から変更した。
▽電話代表(23)五二一一番


九州薬事新報 昭和38年(1963) 11月20日号

福岡県薬商組 理事支部長合同会議
  試買を積極的に、近く総代会を

 福岡県医薬品小売商業組合では理事支部長合同会議を十一月十三日午後一時から県薬会館で開催した。理事支部長二二名出席、藤野専務司会し白木理事長議長となって議事に入った。

▽議 題

(一)市場安定対策要綱に就て
 (1)福岡県安定協議会々議報告
 去月廿九日開会の第四回福岡県安定協議会で田辺製薬のアスパラ関係の六品について又大日本製薬のヘルタス関係の五品について価格訂正があり、興和化学からキヤペジンコーワ錠二種の新規追加があった。其他議事の内容について白木理事長から説明があり 其決定事項は次の通りである。
 @安定協議会名で母体となるべき小売商組加入を極力促進すること
 A卸、メーカー、薬商組三者に於て安定要綱の徹底度の状況を精密に調査し各地の実態を把握して推進の資料とすること
 (2)各支部別の試買に就て
 十一月廿日迄に各支部は其状況に従って試買し、調査表を作成の上提出されたい、試買した商品は各支部で買上げて貰い其差額は県商組の事業費より支出することとする。

(二)調整規程違反者に対する訴訟の件
 (1)訴訟委員会報告
  訴訟方法を弁護士に諮ったが其結果、書式の構成及び調整幾程、商組定款中の諸点について解釈、疑義などの指導を受けた。特に過怠金再審査委員会の構成について注意指導があったが、これについて県商工課の見解をも聴いたので、それによって善処することになった。
 (2)過怠金再審査委員を新たに選出の件
  十二月十六日午後一時から総代会を開催し@定款一部改正の件、A調整規程の一部改正の件、について審議することを決定した。
それより各支部の状況報告があり、次に山手理事から会費早期納入について強い要望があって、当日の合同会議を終了した。

九大薬局 益進倶楽部総会 堀岡新会長歓迎会 江口先生追悼式

 益進倶楽部年一回の集りが十一月十日行われたが、本年は第二代目江口九大薬局長の十三回忌に当るので、先づ午前十時から万行寺に於てご遺族を招いて追悼式を挙行した。倶楽部員二十余名参列、読経礼拝後、江口先生の令嬢から遺族を代?????式を終わり、午後一時から福寿飯店に於て益進倶楽部本年度総会を開催した。出席者五十余名。

 成沢氏司会して先づ鹿川幹事から昨年松村薬局長が辞任されて以来の経過報告がなされ、次いで倶楽部規定により掘岡新局長を会長に決定し新会長から挨拶、次に鹿川氏から去月逝去された古参倶楽部員である庄野氏のために発言、黙祷を捧げ、それより金枝氏から庶務会????え別室で懇談会を兼ねた新会長の歓迎会に移った。

 先づ古沢古参倶楽部員の音頭で堀岡新会長歓迎の乾杯をあげ それより、よりよりに昔語りの和かな談笑の裡に杯は流れ、若き倶楽部員のコーラスや長老八幡の荒木氏の詩吟などがでて、清水忠氏音頭の「祝めでた」で閉会となった。午後三時一同散会。

社保講習会 飯塚 山田両支部

 福岡県薬飯塚、山田両支部では県理事中村里実氏を講師として迎え、左記により社会保険講習会を開催し熱心に聴講した。
▽日時=十一月二日午後一時半から午後五時
▽会場=飯塚市徳前公民館
▽受講人員=飯塚支部二三名、山田支部三名
▽講習内容=@全国及び県内社会保険推進の現況A請求事務及び実演B処方箋はどうすれば増発されるかC質疑応答

対症薬学=竹内克己(八)無酸症

 胃液中の遊離塩酸が欠除している無酸症或いは塩酸が少くなっている減酸症は案外多い病気である、一見健康そうに見える人でも四五才以上の人の半数にこの症状があると言われている。

 無酸であるから直ちに病気だと言えない。なぜなら、何等の症状もない人が多く、栄養状態も非常によい人が沢山あるからである。むねがやけるというのは、一般に過酸症の一つの症状だと考えられ勝であるが、無酸症の場合にもむねやけを訴える人が相当にある。制酸剤を与えても少しもよくならない場合には人工胃液を与えて、奇跡的に効果をあらわす事がある。即ち胃症状を訴える中年以上の人には一応無酸症を考慮に入れて置く必要がある。

 食後腹がはるという人には過酸症の場合が多いが、無酸症の人もある。無酸症の人には下痢を起し易い人は割合に少いと言われている。胃潰瘍、十二指腸潰瘍のある人は大体において過酸であるが無酸の人もある。

 胃酸過多という言葉は我々に耳なれた言葉であるし、胃疾患と制酸剤とは潜在的に一般人の考えの中に存在する。無酸という考え方は割合に少い、一般に販売されている胃の薬は大体において制酸剤を中心とした考え方で作られている様に思われる。薬局において胃腸薬を販売する場合において、無酸症或いは低酸症の人が案外に多い事を考慮に入れておく必要がある。

 慢性的な胃症状を訴える人には一応胃液の酸度を計ってもらう様アドバイスする事は大切な事である。そしてその結果によって適当な薬剤を推奨する事こそ対症薬学の目的であろう。

      句 三 昧  筑前 徳島 山花

         この冬は目とのたたかいひたすらに
         うすれ行くわが目かなしや日向ぼこ
         点眼に追われがちなりちゃんちゃんこ
         目の手術二度目はひかえ春待てり
         盛り返す目の力あり冬うらら

      旬日記より  山鹿 清水 鹿山

         十三夜池番酒をあたたむる
         十三夜芭蕉の影の深々と
         十三夜障子の外の水の音
         菊さして病と遊ぶ一日かな

       くすしの家を訪ふ
         朝寒や死亡届のカルテ選る

随想片々【13】 磯 田 秀 雄  薬事法制定対策運動の思ひ出

 敗戦に伴ふアメリカ軍の占領により憲法を始め、我邦の諸法律などが改正され薬業界に於ても、従来の薬律が廃されて新らしく薬事法が制定されることとなったのは、昭和二十三年の春であった。当時は、敗戦後の虚脱時代で政財界も追放が相続ぎ薬剤師会令による薬剤師会も解散を命ぜられる直前の沈滞時期の虚をついての薬事法の制定であった。

  ○  ○
 当時の福岡県薬剤師会は古賀常吉君が会長で、原田正三、山田健造の両君とわたくしが副会長であったが、薬事法制定の対策運動開始急務の声が起り、福岡市の記会館(現公民館)で九州薬剤師大会を開いた結果、九州各県から、二名宛の委員を上京せしめて、これに対処することとなり、福岡県薬からは古賀会長とわたくしと佐藤事務長が暑熱の中を上京したが、当時の運動経過については薬剤師会の解散によって会員各位へ報告する機会がなかったので、その概略を思い出るままに述べておきたいと思う。

  ○  ○
 漸くにして切符を入手、上京してみると東京は一面の焼野原、神田の龍明館に宿をとったが、食事も不充分などで築地に変り、ここを本拠として国会活動を開始した。薬事法案の審議は隔日に開会される衆院厚生委負会で行われるが、同委員会の副委員長は福岡第一区選出の田中松月氏で参議院の副議長は松本治一郎氏共に熟知の間柄であったので、非常に好都合であった。隔日に開かれる厚生委員会は毎会傍聴して、わたくしらの主張せんとすることは、原稿を認めて田中氏へ提出すれば田中氏は忠実にこれを主張してくれた。

 わたくしらの主張は
一 医薬分業制度の実施
 但し一定距離内に薬局がない診療所は投薬ができる
二 登録制度の撤廃と登録料の全廃
三 指示書制度の撤廃
四 医師自らが行わない
  調剤の取締り等がその骨子であった。

  ○  ○
 医薬分業制実施の主張は医界方面にもかなりの衝撃を与え、福岡県医師会其他から分業反対の陳情書等が提出された、わたくしが矢野厚生次官室にいたとき、福岡県選出の某代議士が薬局のない町村民に不便を与えるとの理由で分業反対の陳情書を持参し、わたくしが薬剤師とは知らずに提示したので、一定距離内に薬局のない診療所では調剤ができるからその不便はないと説明したところ納得して退出したことなどもあった。(つづく)

◇江口 作先生の追悼会に参りて  筑 豊  合 屋  周◇

 第二代九大薬局長、故江口作先生の十三回忌に当り十一月十日、博多万行寺に於て、先生の御息女様、堀岡薬剤部長、松村前薬剤部長、栗原、古沢開先輩はじめ益進倶楽部会員多数参会のもとに追悼会が、いとも森厳に営まれた。

 この日私には、在りし日の先生のことが、様々と思ひ出されるのであった。私が九大薬局にお世話になつたのは、大正十五年三月末であった。三月二十九日、九大薬局を訪れ、薬局長室に案内されノックをすると、幸いに先生は居られた、先客があり、お話中であった。

 私が研究生としての希望を述べると、先生は何か書類を繰られていたが、直ちに「いいよ、今日からでもいい、今からでもいいよ、早い方がいいばい」と言われた。私は何卒よろしくお願い致しますと言って、薬局長室を出た。その間二、三分位だつたが全く威圧される様な印象を受けた。先生のこのお言葉によって学校を出たばかりの私は実社会へのスタートを切った。このお言葉は生渡忘れることが出来ない。

 私は最初売薬事業に精進し度いと思っていたのである。然し薬剤師として、処方箋も読めない様では不味と思い、八ケ月間許り研学させていただくつもりであった。先生のこのお言葉によってスタートした私は、とうとう先生が薬局をお辞めになるまで、なおその翌年昭和十四年の七月まで、満十三年以上も九大薬局にお世話になってしまった。思えば深い御縁である。

 私が入居した頃、先生はめつたに調剤部に降りて来られない様だった。それで居て薬局員一人一人の性格までよく知りぬいて居られた。又薬局全般をよく把握されていた。
 先生の俳句
  益田玄汀氏追悼
 浴衣がけ膝もくずさぬ人なりし
             地行子
を思い出した。玄汀氏は本名を道雄と云い調剤部の副主任をして居られた。一見やかまし屋の様に見えたが、実はなかなか親切でやさしく、それでいて厳格な人であった。江口先生のこの句を味っていると、玄汀氏の人となりがまざまざと浮んで来るのである。

 先生の観察力、洞察力はまことに鋭いものがあった。その後私は度々薬局長室に呼ばれることがあったが、先生も言葉少なく、私も全く何もものを言わずに事を運んだことが再々あった。こんなことを思い出しては全く有難いのである。

 又薬剤部長会議のことを思い出す。私がはじめて日本薬学会に出席したのは、昭和四年の春だった。島川清利氏と一諸だった。島川氏はモーニングを着て上京された。部長でない私達でも部長会議に出席してもいいのですかと先生に尋ねたことを思い出す。その頃の薬剤部長会議は主として東大の杉井、東北大の奥野、京大の立入、それに九大の江口先生、つまり元の帝国大学の薬局長がお世話されていた様に思う。その後いつも江口先生は議長席につかれたり、幹部席に居られたので、吾等若者は何だか肩身の広い思いをした。私が最後に部長会議に出席したのは、昭和二十六年で三井病院に居る時だった。最初の頃は大学の階段教室でも広過ぎる位の会員だったのが、最後の時には広い講堂にも溢れる盛会であった。たが私には何か淋しかった。江口先生のお姿が見えなかったからである。

 たまたま私は東京で万年筆を求めた。初おろしに先づ先生に便りを書うと思ったが、一寸ためらった。先生は便りをペンで書くことは好まれなかったからである。先生から頂いたおハガキ、お手紙はいつでも必ず筆で書いてあった。私も筆で書いてさし上げていた 然し旅先のことでもあるし、許してもらうことにしてペンをとつた。

 部長会議のことにも触れたと記憶している。私が東京から帰って、幾日か経って先生からおハガキを頂いた。ぺンでしたためられていて、不思議なことだと思い薬局員にも話したことだった。ところがそのおハガキを頂いて、まだ五日と経たぬ間に先生の訃報に接した。私は全く驚き何も手につかなかった。

 先生のそのおハガキには、「先日東京よりの御端書有難く拝見しました。老生も先づ相変らずで居ります。
 おくれたる梅雨
  老の身にこたえけり
御来福の際は御立寄り下さい」としたためられていた。
「おくれたる梅雨
  老の身にこたえけり」
とお読みになったこの句が、先生の最後の御句ではないかと思えば、私一人の胸に秘めておくよりも十三年忌に際しここに書きとどめて先生をしのび度いと思いつつ拙きペンをとった。合掌
  (昭和38、11月10日夜)
 父の忌についで師の忌や秋探し   杉峰
 小春日や師の呼び声のある如し   杉峰

藤沢薬品福岡支店 美と健康の祭  優秀店表彰式

 藤沢薬品福岡支店では第三回「美と健康の祭り」の九州ブロック講評会並に優秀店表彰式を十一月九日午後二時から福岡市、明治生命ビル九階で挙行した。 上念福岡支店長の挨拶に次いで優秀店表彰式が行われ、特別ブロック賞、金賞、銀賞、協賛新聞社賞など、表彰状及び記念品が贈呈された。受賞者次の通り。

▽特別ブロック賞=岩崎薬局(北九州市)
▼福岡県=第一薬局▽たかはし薬局▽金丸堂薬店▽別付薬店▽久保薬局(西日本新聞社賞)▽大村薬局▽谷薬局▽岩崎薬局(金、特別ブロック賞)▽中園薬店▽丸和薬品▽小野薬局(金)▽西山薬局▽糸岐薬局▽友泉薬品▽吉村薬局▽狩野薬局▼佐賀県=厚生薬局▽辻薬店(西日本新聞社賞)▽新生薬局(金)
▼長崎県=天理薬局▽武田薬局▽石崎薬局▽田添薬局(長崎日日新聞社賞)▽一ノ瀬薬局(金)
▼熊本県=神方堂薬局(熊本日日新聞社賞)▽東雲薬局(金)▽京町薬局▽クハラ薬局▽高階誠心堂薬局▽吉村安心堂薬店
▼鹿児島県=フタバ薬局(南日本新聞社賞)▽井上薬局
▼宮崎県=カティ堂薬店▽黒田薬局▽久保薬局▽カノヤ薬店▽第一薬局(宮崎日日新聞社賞)
▼大分県=ヨシヤ薬店▽長崎薬店▽輿生堂薬店▽森薬局(大分合同新聞社賞)▽島薬品

 それより講評に移り電通の吉氏アートディレクターからスライド上映によって講評がなされ、次に江川字礼雄氏の「チオクタンと私」と題する約一時間に亘る特別講演があって終了。それより別室に於て盛大なパーティが催され列席者五〇余名、上念支店長初め二〇余名の係員はその接待に大わらわの有様であった。

大日本製薬 へルタスのCMソングを発表  歌手=坂本スミ子

 大日本製薬では今回へルタスのCMソングを発表、十一月中旬からテレビ・ラジオ等で放送するが、歌手はNHKテレビ(土)の「夢で逢いましよう」他で活躍している坂本スミ子である。歌詞次の通り。

  歌 詞
ヘルタス ヘルタス
   力が、からだに
  湧きでるヘルタス
タ ラ ラ ヘルタス
さーさ疲れに勝とう
       ヘルタス
みんながっちり行こう
       ヘルタス
元気な力が飛出す
 ヘルタス ヘルタス
    みんなへルタス

丹平製薬 健脳丸 新価格 新包装  記念特売

 丹平製薬では健脳丸の新包装及び価格改正記念特売規定をこの程左記の通り発表した 同時に包装デザインを近代的感覚のものに改良したのである。
▼改正定価=健脳丸三六〇粒入一五〇円、七八〇粒入三〇〇円、一五〇〇粒入五〇〇円(携帯容器付)
▼一口セット内容=健脳丸一五〇円一〇個、三〇〇円一〇個、五〇〇円一個、添附品は健脳丸一五〇円三個、三〇〇円一個、試供品一〇個、外に店頭サービス用ポリ袋一束
▼発売期日=昭和卅八年十一月初旬から同月下旬(期間中でも売切れ次第締切)

ロート製薬 本年九月期決算  十一月廿六日総会

 ロ−ト製薬では十月廿八日の取締役会で昭和卅八年九月期(第一六期=四月一日〜九月卅日)の決算案は次の通り決定した。
▽売上高=二 〇〇五、五四〇、八七四円
▽当期純利益=五〇一 二三三、二五九円
▽配当率=年七割(現金配当三割、株式配当四割)(注)現在資本金=七二〇、〇〇〇、〇〇〇円、対資本金利益率=一三九、二%
十一月廿六日の定時株式総会で株式による利益配当の件が承認可決すればロート製薬の資本金は一 〇四四 〇〇〇、〇〇〇円となる


九州薬事新報 昭和38年(1963) 11月30日号

第五回 福岡県薬業安定協議会 中央協議会報告 県内地区状況報告

 第五回福岡県薬業安定協議会が十一月廿五日午后一時から福岡市、福岡ビル九階会議室で開催され、出席者次の通り。

メーカー側=三共−鈴木▽第一製薬−亀井、杉本▽中外製薬−播磨▽武田薬品−国松、奥村▽塩野義製薬−寺坂▽田辺製薬−吉野
卸業者側=川口屋−代鶴原▽大黒南海堂−大黒▽小倉薬品−桝野▽鶴原薬品−鶴原▽水田薬店−水田▽坂田救命堂−坂田▽双信化学
小売業者側=白木、吉柳、福田、岡野、四島、深田、代山口、陣内、松島
県庁=尾崎課長、大庭技師

当日の進行当番メーカー代表国松氏司会して開会、直に議事に入った。

▽中央安定協議会に就て
 先の中央協議会に出席した大黒、白木両氏から報告があった。

 先づ大黒氏は、協議会の焦点は事業所販売についてであったが、問題が複雑であるため特別小委員会を作って討議することになった。然しながら地方によって事態が異なるので非常にむつかしい問題であり、末だ中央である東京も大阪、名古屋も亦対策が建っていない有様である。

 価格の周知徹底については、福岡県第一回印刷物に県安定協議会の名称があったので、厚生省事務官から注意指摘されたが、これは公取委との関係もあるので間違ない様すべきである。三者協議で善意の現われと解することになった。

 価格の表示については自店の価格を書くのであって、品物に直接付することを勧めたい。殊に商品一個毎に提示すべきであるとの政府の見解でもある。価格表示の点についてはハガキ半分の大きさ(プライスカート)の表示とシール程度が好ましいとの結論となったと述べ、尚現在全国県安定協議会の設立しているのは四〇府県で準備中のもの岩手、石川、福井、高知であり、外に青森が未設置である。又指導価格のできている府県は大阪、兵庫、福岡の三府県であるとの報告もあった。

 それより大黒、白木両氏の報告について出席者との間に質疑応答があり、次いで、先づ価格提示の方式を取上げることになった。カード等の作製は県商組に一任し、製作費は各メーカーより応分の援助が考慮されることになった。尚指導価格表のリストを規格化して周知する方法を統一する案としては@商組中心で周知するAアウトサイダーに対しては地区の卸で責任を持つB規格については藤野事務長に一任することになった。

▽指導価格実施その後の状況報告

 @北九州地区について松島、福田両氏から報告があった。小倉区でグロモンドが下廻っている事実があったので、中外製薬と共々に善処しつゝある。其薬局の乱売に対抗して周辺の五、六の業者が安売りビラを作成散布せんとする気配があるので、本日の協議会迄抑圧している状態にある。又若松区、八幡区にも価格を乱す者がある。本月廿八日に北九州の三者が集って懇談することになっている。

 A筑後地区について岡野氏から報告があった。本月十四日筑後地区安定協議会設立発起人会を催し、卸全部十一店及び各小地区の組合長外「二名を集めて協議会を設立したが今後安定要綱を極力推進することを決定した。尚指導価格品以外のものは極力廉売せよと宣伝する某メーカーがある。これに対し厳重抗議すべきであるとメーカー代表から発言があった。

 B筑豊地区について吉柳氏から筑後地区と同じく十四日地区の安定協議会を発足させた。

 飯塚地区には指導価格品を不当販売している店がある様だ。メーカーから厳重注意して貰いたい。

 C福岡地区について四島氏から報告があった。先づ試売の結果を報告。業界は初め安定ムードが高まりつゝあったが又次第に元に戻りつゝある。指導価格の分は良いがそれ以外のものは値引合戦が行なわれている様で遺憾である。

 次でメーカー、卸からも種々情況報告があり、第一製薬からパンシーの六〇錠、一〇〇錠の指導価格の追加発表があった。次に次回開会は十二月廿三日当会場での開会を決定した。以上にて協議会を終了。

医薬分業を推進せんとする全国健保組合連合会

 日本医師会の現在主張している乙表の再診料新設は健康保険界に大なる波紋を投げ込んだが、去月十九日には全国健康保険組合連合会は、医師会が投薬、注射中心の医療費制度(乙表)を固執しながら一方再診などの技術料の新設を要求することは、甚だしい矛盾であるとの理由でこれに反対し、次の様な内容の要望書を池田首相、小林厚相、宮沢経済企画庁長官宛に提出した

 @乙表に再診料を設くべきではない。若し再診料を新設するとすれば乙表全体を根本的に再検討する必要がある。
 A医薬分業を実質的に推進して甲表を更に合理化すべきである。
 Bなお、医療経営の実態調査を即時断行して速かに医療費是正のための具体的資料を整備すべきである。
 C而して医療費体系を再険討すべきである。

 その後全健保連では本月七日本年度全国大会を開催、全国一、三〇〇組合の代表者約二、〇〇〇名が参集して盛大に行なわれたが、議事に入って医療費問題が議題となった時一同緊張、医療費支払制度の全面的合理化、健康保険経営に於ける組合方式の徹底、支払基金制度の根本的改革など三項目に亘る決議案を採択して、小林厚相外関係者に其旨を伝えた。

 この決議の中で速かに完全医薬分業の実現を図るべきであるとの態度をとっている点は決議事項の次の一項である。

▽医療費支払制度の全面的な合理化

 現下医療費問題の最大のガンは医療の主体が医師の技術より注射と投薬に置かれている点にある。皆保険の進展と共に愈々其弊は高まり、此儘に推移する国民医療の前途は暗たんたるものがある。然るに現日本医師会執行部は此事態に眼を覆い、依然として開業医の利益擁護にのみ狂奔している。

 売薬的医療制度の乙表を其儘にしながら其再診料の要求は正にこれを象徴するものと断ぜざるを得ない。吾々は全国の良識ある医師と共に国民医療の実態と医学医術の将来を憂慮してやまない。今こそ医療費体系は医師の生命である診料技術尊重の甲表の構想を中心に再編成し速かに完全分業の実現をはかるべきである。

 なお大会会場には次の様なスローガンが貼りめぐらされていた模様である。
▽医師の技術を尊重する医薬分業を実現しよう
▽薬でもうける乙表をやめて技術本位の甲表に
▽病人をいじめる毎回百円の再診料
▽医療保険を破壊する千八百億円の医療費値上げ

      句日記より  山鹿 清水 廃山

         碧落に晩秋の阿蘇展げ見る
         菊日和洗濯もののよく乾く
         すまいとり河豚食うて命あまさざる
         日空しく流れながるる冬に入る
         鴫一夜あらせし稲田手のつかず

対症薬学=竹内克己(9)しもやけ

 しもやけは所謂凍瘡で、特定の人にだけ起るのが特長である。勿論寒さによって起るわけであるが、必ずしも寒冷だけが絶対の条件ではなく、案外暖かい時にも起り得るし、初冬や晩冬に多い傾向さえみられるのである。極寒地の零下何十度という処では個人差なく起るが、これは凍傷と称し凍瘡とは区別されている。

 しもやけの原因については色々の説が言われているけれ共、自律神経の不安定な人や低血圧の人に多いとされている。この様な原因のハッキリした人には勿論原因療法を行なわねばならないが、温度差の甚だしい十一月や三月頃には特に注意して患部の保護と全身の療養に注意しなければならない。

 しもやけの初期はまずかゆみと発赤であるが、この初期に一−二%のサリチル酸アミトのワセリン軟膏が有効であるという報告がある。一般には凍傷チンキ或は凍傷軟膏と称するものが用いられるが、近時女性ホルモン入りの軟膏がよく使われる様になった。

 患部が相当ひどく、くぢれ落ちる様になった時はカーボワックス基剤の軟膏がよく、滲出がそれ程ひどくない時は吸水軟膏が用いられる。

 ビタミンPやピタミンE或はルチン等が用いられるのは血管強化による原因療法と考えられるが、一度試みる事もよい事だと思われる。低血圧の場合は勿論その治療も大切な事である。

 自律神経の不安定によって起る血管の寒冷に対する反応不充分の場合には特に血管の鍛錬が必要である。冷水につけて後乾布で充分に摩擦するとか冷水と温湯とに交互につける事をくり返すとか、根底強いトレーニングによってしもやけにかゝりにくい体質を作りあげる努力も必要である。

 とに角しもやけは毎年毎年くり返して起る不愉快な病気で特に美容の上からも考えさせられる病気の一つであろう。体質の改善に必要な手を考えねばならない。

山口県薬業安定協議会 成立とその後の運営 会則と協議員メンバー

 山口安定協議会は去月七日設立発起人会を山口市県薬剤師会館で開催し、メーカー、卸、小売、薬剤師会、薬業士会及び県薬務課より夫々代表者が出席して薬業安定に関する当面の諸問題を協議し、特に県安定協議会の設立並にそれが運営について意見の交換をなし、運営規約案を作成した。

 次いで同月廿四日県薬業安定協議会総会を徳山市丸福旅館で開催したが、当日の出席者はメーカーとして広島県に支店、出張所を有する有力メーカー代表、県医薬品卸協同組合代表、県医薬合代表、県品商業組薬剤師会長、県薬業士会長等二五名の外県薬務課長並に中小企業課長が列席した。

 総会は先づ小売業者代表森広県薬商組理事長の挨拶並に経過報告に始まり、次いで協議に移り県薬商組渡辺副理事長を議長に推し議案審議に入ったが、本会と県薬務課長並に中小企業課長との間に本協議会の運営等について極めて積極的な又建設的な意見の交換があった。尚本協議会の協議員の確定次第、予定として十一月二十五日県薬会館で第二回安定協議会を開催することをも決定した。

 市場安定対策要綱については小売業者一人一人に徹底する様説明会を開催することを決め、その説明会の詳細については十一月廿五日開会予定の第二回協議会に於て決定することになるが、期日は十二月上、中旬、会場は県内四ブロックに割け、岩国会場(県東部)小郡会場(県中部)下関会場(県西部)長門会場(県北部)とし主催は安定協議会となる模模である。

 其後決定した県薬業安定協議会協議員は次のメーカー代表者九名(内未定二名)、卸代表者七名、小売業者八名、外に県薬務課長、薬剤師会長及県薬業士会長の三名である。

  協議員氏名

▼メーカー代表=武田薬品−馬場一郎▽三共−原田勇一▽塩野義製薬―平井収▽第一製薬−大野繁勝▽田辺製薬−清水鐘一▽中外製薬−村田勝弘▽藤沢薬品−大道準太郎▽大正製薬▽久光兄弟
▼卸代表者=県医薬品卸協同組合理事長伊藤真一▽同副理事長枝広省三▽同理事能美米蔵
▽同浅田敏亮▽同監事末永克己▽同吉村公一▽同河田辰吉
▼小売代表者=県医薬品商業組合理事長森広弥太郎▽同副理事長渡辺又碓▽同宗岡義堆▽同油利吾一▽同専務理事岡村六郎▽同古屋平人▽県薬商組下関支部長金川要平▽同岩国支部長進藤茂
外に、県薬務課長−山口金一▽県薬剤師会長渋谷喬▽県薬業士会長戸石武蔵
なお、安定協議会総会で審議決定した協議会々則は次の通り。

山口県薬業安定協議会会則 (名称及び事務所)

第一条 本会は山口県薬業安定協議会と称し、事務所を山口県薬剤師会館内に置く
 (目 的)
第二条 本会は市場安定対策要綱に基づき、山口県下に於ける薬業界の流通秩序の確立、価格の安定、適正商習慣の確立、市場流通量の積極的調整等の薬業経済の安定推進と、共存共栄を図ると共に、保健衛生に寄与し以て社会福祉の増進を図ることを目的とする。
  (事 業)
第三条 本会は前条の目的を達成するために次の事業を行なう
 一 市場安定対策要綱を基礎としてこれを円滑かつ適正に処理する為の指導調査、研究並びに協議に関する事項
 二 業者間の意志の疎通をはかり、違反行為等の生じた場合の連絡調整に関する事項  三、其の他目的達成に必要な事項
  (構  成)
第四条 本会は左記の団体代表を以て構成する。
  一、メーカー代表
  二、卸業者代表
  三、小売業者代表
  ただし山口県医薬品商業組合代表を以てこれにあてる。
  四、山口県衛生部薬務課長
  五、山口県薬剤師会会長
  六、山口県薬業士会会長
 (協議員)
第五条 協議員はメーカー代表、卸業者代表、小売業者代表から各九名とする。
2、協議員の任期は一年とし再任を妨げない
 ただし補欠の協議員の任期は、前任者の残任期間とする。
 (役 員)
第六条 本会には次の役員を置く
 会 長 一名
 副会長 二名
 幹 事 三名 うち一名を常任幹事とする。
2.役員はメーカー、卸業者、小売業者代表から選出された協議員各二名の互選により定める。
3.会長は会務を総理し、協議会を代表する。
4.副会長は会長を補佐し、会長事故あるときはその職務を代理する
 (顧  問)
第七条 本会の運営に関し顧問を置くことができる
 (会  議)
第八条 会議は定例協議会及び臨時協議会とし会長が招集する。
2.定例協議会は概ね月一回開催する。
3.会議の議長は、会長をもって充てる
  (経  費)
第九条 本会の経費は各団体が均等に支出する。
2.本会の会計年度は十一月一日に始まり 翌年十月三十一日に終る。
 (その他)
第十条 その他必要な事項は協議会が定める。
 附  則
本会は昭和三十八年十一月一日より実施する。

福岡県薬 保険調剤  十月分集計

 福岡県薬剤師会では保険薬局に於いて取扱っている保険調剤件数、処方箋枚数その他毎月集計しているが、本年十月分は次の通りである、表中「その他」は福岡、久留米、大牟田、北九州の四市を除いた市町村であり、本会の宗像支部外十六支部の合計である

図表


熊本市で 全国学校保健並薬剤師大会

 第13回全国学校保健大会が学校医、歯科医、薬剤師、養護教員その他学校保健関係者など全国から代表者三千余名が参加して十一月九、十の二日間熊本市体育館を中心に盛大に閑催されたが、各県からの提出議案中学校薬剤師関係のものでは「学校医、学校歯科医、学校薬剤師の設置基準の設定とその待遇改善について」の議案が採択された。

 一方、恒例による全国学校薬剤師大会は、保健大会に参加した約三〇〇名が出席して九日午後五時半から熊本市大洋デパート食堂で開かれ、長洲熊本県学薬会長の開会の挨拶に次いで知事代理として福岡薬務課長、市長代理として中満市教育長、戸田県薬会長等の来賓による歓迎の挨拶があり、それより学校薬剤師功労者の表彰が行われた。

 表彰者は山中正一(千葉)、細部新一郎(大阪)、尾木茂(愛知)、有馬晋吉(東京)の四氏、団体としては(熊本市学校薬剤師会)であった。

 次いで熊本大学薬学部、村田敏郎教授の「ミスチン尿症について」と題する特別講演があって引続き懇親会が催され流石民謡の地、熊本の芸能を観賞して和かな雰囲気の裡散会した。

      句 三 昧 筑前 徳島 山花

         耶馬渓やガラガラ柿の美しさ
         紅葉にまじる黄葉耶馬たどる
         耶馬渓の水大曲りして澄みよどむ
         耶馬渓の奇石怪岩秋深く
         英彦から耶馬へのばせし紅葉狩

      句 帳 よ り  合屋 杉峰

         霧かかる八木山を越し忌に参ず
         鰭酒の盃を給いし師のことを
         いつの間に出かけし妻や小六月
         移る世の展望台に月の句碑
         子遍路の真赤なセーター着ておりぬ

薬界短信

◆福岡県病薬と市勤務部会の忘年会=十二月七日午後三時から福岡市東中洲町会楽園で開催、連絡先市内塩原八八二九州中央病院薬局大橋研氏
◆九州漢方研究会=第50回が十一月廿日県薬会館で左記により開催された
 初歩口座=山口広次氏▽当帰四逆散と類方=戸田秀実氏▽釣藤鈎 ?本・藷蕷=塚本赳夫氏▽附子湯類=宜本康照氏▽診断カルテの読方とその注意=森光三氏▽質疑研究=宮崎綾子氏

日本薬局方一部改正 中央薬審承認決定  中央薬事審議会常任部会が去月廿日開催され九件が審議され、条件付一件の外全部承認決定された。其内日本薬局法案一部の一部改正の件は次の通りである。

 局方第一部アセチルサリチル酸、アミノピリンの性状、アミノ安息香酸エチル、塩化べンザルコニウム、塩酸プロカイン、カルハゾクロム、キンロイルスルファミン、スルフアグアニン等の確認試験。
 アルギン酸ナトリウム、エピレナミン、ブドウ酒、リン酸水素カルシウム等の純度試験。アモバルビタール、アロバルビタール、ジクロハルビタール、ハラアミノサリチル酸カルシウム等の定量法。
 アルギン酸ナトリウム、エバンスブルー等の強熱残分。リボフラビンの旋光度及び一般試験法の一部を改正、又定量法の改正に伴いこれに必要な試薬、試液の追加である。

福岡県薬商組 臨時総代会 十二月十六日開会

 福岡県医薬品小売商業組合では調整規定違反容疑で某薬局について訴訟準備中であるが、顧問弁護士並に県商工課などの注意もあり、新過怠金再審査委員の選任が必要となり、従って事業執行規約を一部改正するため、その他に関して今回左記により第七回臨時総代会を開催することとなった。

▽日時=昭和三十八年十二月十六日(月)午後−時
▽場所=田辺製薬福岡支店 五階会議室
▼議 事
▽報告事項 報告第一号 飯塚橋薬局(飯塚市)に関する調整規程違反に関する件
報告第二号 福岡県薬業安定協議会に関する件
▽議 案
議案第一号 過怠金再審査委員会委員選任に関する件
議案第二第 事業執行規約に関する件
議案第三号 昭和三十八年度追加更正予算決定の件

福岡の薬祖神祭 住吉宮紅葉の森に

 晩秋十一月紅葉も色あせんとする薬祖神の日、廿二日福岡薬界では恒例によって筑紫二十日会主催の薬祖神祭が、すがすがしい天高き日、午前九時半から福岡市住吉神社境内の紅葉の森、薬祖神少彦名神社に於て厳かな祭典が執行された。

 約五〇名の薬系参詣者は神前に起立低頭、さらさらと二、三落葉の音に和して宮司の祝詞は静かに流れ、神楽の響きは樹間に漲って森の静寂を破り、雅楽の音律は一同に泌々と古代を偲ばせて身にしみるものが感ぜられた。

 国松武田支店長が主催者側を代表して、次いで来賓木元県衛生部次長、藤田第一薬科大学長、塚元九大薬学科主任教授、松村福大教授、薬系各団体代表者が次々に玉串を奉納、一同参拝、神前に神酒神菓によって業界の繁栄を祈って祭典を終え、十四回目の祭典に記念として住吉本殿楼門前で一同写直撮影をなし、それより程近き会場、那珂河畔の婦人会館に向かった。

 既に準備された席に一同着席、先づ国松主催者代表は「昭和二十五年初めての祭典以来本日は十四回目の祭であります。本年は業界にあわただしい色々の問題があったが、官民業界各団体一団となって協力事に当ったことは洵に初めてのことであり顧みて感慨に耐えないものがあります」と挨拶があり、

 次に来賓を代表して木元衛生部次長の謝辞があって一同は盃をあげて乾杯、それより薫高き日本酒の盃はめくりめぐって心も温まり、漸く談笑しきり時のたつを覚えず、和やかな雰囲気の裡に正午過宴を終えて散会。

 恒例により神虎の笹を担いで三々五々、初冬に顔をほのかに染めて帰路についた 年一回の薬系の花である楽しきくすり祭の一日を静かに過した。

福岡市薬剤師会 調剤請求事務指導  十二月四日県薬会館で

 福岡市薬剤師会では、保険薬局から毎月提出される調剤請求書類に非常に誤記が多く、支払基金では今日迄これを一々訂正している様な状態であり、此儘で進めば今後支払事務に大いな支障を来す惧れがあるので、今般調剤請求事務についての指導会を左記により開催することになった。

 当日は支払基金から担当係官が来会して各薬局よりの提出分を一々監査し、不備の点を指導注意して貰うことになった。十一月調剤請求分(十二月提出分)を持参の上実地に指導を受けることとなったので、本会所属保険薬局は間違いなく当日は出席される様市薬では切望している。

▽日時=12月4日 午前十時〜四時
▽会場=県薬会館
 出席の際は印鑑及び筆記用具持参のこと。尚今回十一月分に限り十二月四日に必ず本会に持参のこと。若し遅れて提出される様なことがあれば直接支払基金に持参せねばならぬとのことである。

大牟田県薬支部 薬と健康の週間 季節の手帳愛読者 行事と招待

 福岡県薬剤師会では本年度の「薬と健康の週間」行事は北九州市を中心に大規模に行い、其一環として福岡市に於ても本月一、二の二日間行ったが、大牟田県薬支部(支部長中村里実氏)に於てもこれ亦行事の一環として本月十四日季節の手帳愛読者を招待、製薬工場見学及び史蹟巡りを行い招待者には非常に喜ばれ剤界のPRに多大な成果を挙げて好評を博した。

 当日のコースは午前九時半二台の貸切パスによって招待者百名(季節の手帳愛読者からの申込の内抽せんにより百名を招待)により先づ鳥栖のサロンパス製薬工場見学、それより筑前太宰府近こうの史跡を巡察し途上車中に於て約三〇分間、
@薬と健康の週間設定の趣旨並に季節の手帳について
A医薬品の正しい使用法と安全について
B薬事制度の各般について
C医薬分業と社保調剤について最も通俗的に、1号車は中村里実氏が、二号車は早川政雄氏が解説、剤界の事情と医療公衆衛生について理解を求め、所期の目的を充分達したものと思われ有意義な行事であった。

随想片々【14】  磯 田 秀 雄 薬事法制定対策運動の思い出

【承前】

 薬剤師の登録、薬局の登録などの登録制度は、アメリカの制度の移植で面倒この上ないばかりかすべて登録料を徴収するので、わたし共は極力これに反対し殊に登録料の徴収は荷重負坦なりとして反対したが、アメリカ軍政部の指示によるものであるため全廃には至らなかったが、執拗なる主張には徳田球一代議士(共産党所属)も起って之れに同調したので、薬剤師の登録だけは登録料を免除することになったが、薬剤師登録の登録料免除は実に徳田代議士の功蹟で、この経緯は誰れもが知悉せぬところであろう。

 〇   〇

 医薬品の販売に要指示制度はこれまたアメリカの制度であるが、アメリカの如く医薬分業が行われ、医師が診察の都度処方箋を交付するところでは、指示書の交付が行なわれるであろうが、患者が処方箋の発行を要求しても言を左右にして之れを拒否する我邦で医薬品の指示書を交付されるはずがないと、之れ又執拗な反対をつゞけたが厚生当局に修正の権限がないこととて効果を挙げることができなかった。

    ○      ○

 医師自ら行なうべき調剤の取締りについては、一松厚生大臣が「診療所の調剤を医師自らが行なわないことの取締りのためには監視員を設けて厳重に取締る」、と言明したので現在薬事監視の態をなしている業務課の鑑視員は、診療所に求めて医師自らが調剤を行なっているかどうかを監視するのが本来の目的であることは厚生大臣の言明であり監視制度を設けた立法の精神であることは、速記録に明確に誌るされているところであるが、全国を通じ今日でも医師自らが調剤しているものは殆んどないのに、まだ嘗つてこの違反で検挙されたことを聞かないのは、監視制度が設けられた立法の精神を完成するもの況んや薬事監視に専念するの観あるは言語同断と云わねばなるまい。

   ○      ○

 当時の厚生次官参議院議員矢野酉雄氏は、福岡県薬剤師界の長老八幡の荒木七郎氏の姻せきにあたり、わたくしらの活動に多大の便宜を与えて呉れ、わたくしらは次官室を本拠として縦横に活動することができたが、本運動の収穫としては月余の滞京運動にも不拘効果は勘なかったことを申訳なく思っている。

   ○      ○

 当時は、日英を始め全国の薬剤師会は何れも虚脱状態で、厚生委員会を傍聴するものは九州代表だけであった。酷熱の東京で月余に亘っての国会活動は苦労しただけに単なる昔の物語りに過ぎまいが、わたくしとしては生涯忘れ得ぬ一駒であった。

熊本県薬業安定協議会 三者代表会合発足

 熊本県薬業界では県薬、組合が中心となって県薬業安定協議会の結成準備に入り本月十三日小売側八名、卸側七名及びメーカー側六社(武田薬品 田辺製薬、塩野義製薬、三共、第一中外)の各代表が集り、県薬務課長を加えて協議した。

 まだまだ現状は準備段階とも見るべきで協議の組織整備と今後の運営について各自忌憚なき意見の交換をなしたが、今後毎月一回定期的に開会することを決めた。

 熊本は従来通流問題についても混乱が早かったので今回の新要網の実施と安定協議会の設置は業界正常化について相等プラスとなるものと業界にとっても期待がよせられている。

大阪薬科大学 卅九年度学生募集

 大阪薬科大学では卅九年度も一次、二次の二回募集するが、募集人員は一二〇名(男子約六〇名、女子約六〇名)である。

 一次募集の出願期間は一月十日〜二月八日、入学試験は二月十一日、合格発表は二月十六日である、二次募集の出願期間は二月十二日〜三月廿五日、入学試験三月廿七日、合格発表は三月三一日である試験場は何れも同大学である。

 学力検査料目(筆答試験)は@数学、A理科、H外国語(英語)となっている。詳細については同学(大阪府松原市高見の里)え照会のこと。

和光堂の新製品粉末大豆乳 ボンラクト

 育児製品の和光堂(株)では同社新製品粉末大豆乳「ボンラクト」を全国一斉にこの程新発売した。

 本品はミルク嫌いの乳幼児アレルギー体質の乳幼児のために調製された特殊栄養食品であり、牛乳アレルギーの治療食餌として最も好いと云われている大豆を主成分として、ヨート成分、ピタミン ミネラル等を増強した製品である。

 又本品は植物蛋白、高リノール酸脂肪を豊富に含有しており、栄養価も非常に高いので、離乳食として最適であるばかりでなく、高血圧食、長命食などの成人食としても亦応用できるものである。

 本品は、この種のものとしては日本では初めてとあって又育児製品メーカーとして他の追従を許さない和光堂の新製品とあって各方面からの期待はまことに大である。なお、価格は四五〇グラム罐入り卸価三四〇円、小売価格四〇〇円となっている。

高松宮殿下御視察 第一製薬船堀工場並に中央研究所

 第一製薬の船堀工場及び中央研究所ご見学のため本月五日午后二時高松宮殿下外ご一行三名が同所にお着きになり、同社篠田会長、石黒社長の先導で工場及び研究設備についてご熱心なご視察があり、引続き中央研究所講堂で「当社の結核対策について」という担当者の報告を聴かれ親しくこ質問などがあった。それより一同とご歓談の後、午后四時お帰りになった(写真は工場内での高松宮殿下と一行)。

第一製薬 大衆向トランコパール新発売

 第一製薬では同社製品医家向けトランコパールは好評を博しているが、今回大衆向けとして「肩こり・腰痛治療剤トランコパール」を十一月十五日から左記により新発売した。

▽品名=肩こり 腰痛治療剤トランコパール
▽組成=一錠(キャプレット型)中クロルメザノン一〇〇mlを含有する
▽はたらき=本品は筋肉の過度な緊張を確実にとき血行障害を改善して肩こり頸こりなどの筋肉のこりや腰、背痛などの筋肉痛をとり除き、色々の不安、緊張不眠、頭重といった不定愁訴をも取り去り 身心何れのこりもほぐし去る新タイプの薬である。
▽効能=肩こり 頸こり腰痛、背痛、関節痛などの筋肉のこりや痛み、生理時の不安、緊張、疼痛等、高血圧、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、結核性疾患その他慢性疾患に伴う不安、緊張興奮不眠、頭重等、神経症(不安神経症、心臓神経症、胃腸神経症など)
▽用法用量=成人一日二〜四錠を食後又は就寝前に水、湯茶などで服用する、就寝前の服用は安眠を得る軽度−一日二錠、就寝前二錠、中度−一日三〜四錠日中一〜二錠、就寝前二錠特に難症の場合は一日六錠(朝昼晩各二錠)を服用
▽包装価格=( )内は卸価格一○○mg一二T二八〇円(一九五円)同三〇T六五〇円(四五〇円)同六〇T一二五〇円(八七五円)

藤沢薬品 強力チオクタンWセットセール発表

 藤沢薬品では今回アイカミン新配合の「強力チオクタンW」のセットセールを左記により実施を発表した。本品は細胞をつくるアイカミンと肝臓を強めるチオクト酸アミトを主薬とし、各種ビタミンを充分に含んだ新製剤である

 今回発表のセットセールのセット内容はABCDの四種類となっており、大阪、名古屋、東京の各営業所及び福岡支店ではA、C、Dの各セットを、札幌支店ではA、B、C、Dの各セツトを取扱うことになっている。セット内容並に価格は次の通りである。

▼Aセット内容並に価格=強力チオクタンW三〇錠五個、一〇〇錠一五個、三〇錠二個、添付サンプル(二錠)三〇個、小売価格一五、五五〇円、卸一一六五〇円
▼Bセット内容並に価格=強力チオクタンW三〇錠一〇個、一〇〇錠三〇個、三〇〇錠五個、添付サンプル(二錠)九〇個、小売価三三〇〇〇円、卸価格二四、七二五円
▼Cセット内容並に価格=強力チオクタンW三〇錠二〇個、一〇〇錠七五個、三〇〇錠一五個添付サンプル(二錠)一八〇個、小売価格八六 〇〇〇円、卸価格六四、四五〇円
▼Dセット内容並に価格=強力チオクタンW三〇錠ニ〇個、一〇〇錠一五〇個三〇〇錠三〇個、添付サンプル(二錠) 三〇〇個、小売価格一六九五〇〇円、卸価格一二七〇五〇円
▼期間=昭和38年11月12日〜12月11日

僅か半月に連続三回受賞の 田川薬剤師会

1、10月25日県学校保健学校給食学校安全総合大会に於ける田川東高校学校薬剤師側島希允氏の学校保健功労者表彰
2、11月12日田川税務署より、個人として只一人の納税協力者として、田川市西区マツイ薬局松井八重子氏の表彰
3、田川市国民健康保健の運営業績について、医療担当者としての田川薬剤師会の国体表彰。(田川通信)

回想録 浮羽 原 美喜夫

 回想録もチャーチルや吉田さんのものともなれば特級酒の香りもするが、事私共のものになると全然カストリの臭いしかしません。

 統制華やかな戦時中、私などアルコール、苦味チンキ、芳香チンキの配給は最高に有難いものでそれは待ち遠しいものでした。苦味チンキの水割りの味はグットいかしたものでした。

 キナチンキだけはその儘服用出来ず一度蒸溜して用いたものでした。お酒の統制には年一度の福岡市薬剤師会の総会でさえ頭の痛い思をいしたものでした。

 久恒先生御健在中でしたが渡辺通り一丁目裏あたりにあった中華料理屋に一席もうけた時の事甚だ面白からぬ事に三人に二本と云う貧弱な配給振りでした。

 何で〇、六合でがまん出来ません。当時七年ものウヰスキーの御研究を読けておられた四島先生がウヰスキーの独得の香りとコクは楢の木の樽から移行するものであることを発見?、下駄の歯を下駄の歯入れ屋さんから求めこれを削りアルコールで浸出、カルメラで着色し四〇度位いに稀釈、七年物ウヰスキーをものしてでした。但し、はきへらした泥の付たのはお使いにならなかったようです。

 そこで先生は足りぬアルコール分を補給すべく早速川口屋さんからアルコール二本苦面して貰い料亭の台所て七年物を完成、大いにメートルを揚げさして頂きましたが結構いけました。

 さてその夜渡辺通りから大浜一丁目までどこをどうして帰ったやらさっぱりわからず、朝になって我が家の寝床の上で自分を発見してやれやれと思いました。それから三、四日はお腹をこわし頭は割れる様に痛いが音を上げたらカアチャンにどやされるのは火を見るより明らか、歯を喰いしばって店に出て居ましたがそのつらかった事、七年物ウヰスキーの効能はテキメンたったようでした。

 あの頃は未だ若かかったのですね、その時のことを覚えておいでの先生方も三四人はある筈ですが。