会報第7号 昭和54年12月01日
 ■ 巻 頭 言

薬剤師職能と市薬会館建設    会長 藤野 義彦

会館予想図

 事業年度の当初より、一大プ口ゼクトでありました会館建設も、いよいよ大詰に来ました。その間十数回にあまる建設プ口ゼクト委員会を開きその都度、真剣な理事会の審議を得て、その規模と機能を発表し得る段階に至りました。

 思えば昭和46年、前会長斎田和夫先生の御尽力により、福岡市所有地であった今泉の一五六坪の払下げをうけて以来、実に8年の年月の経過をみております。

 市薬会館建設は、すでに本会が設立されて五十有余年になるが、過去にないきわめて大さな事業であり、今後共全会員五八〇名の力を結集して、目標完逐に精進しなければならない。

 ここに於て市薬会館建設の趣意を改めて確認し、その規模を公表し、本会定款第4条の目標に向って、より前進の第一歩を踏み出したい。

 近代の高度な社会構造と、めざましい医療の発展と改革にともない、医療の一端をになう薬剤師(薬剤師会)として今後専門職としての職能の発揚と組織の充実が一段と要望される。

 その主要な事項として
 @医薬品検査試験機能
 A薬品情報提供機能の強化並びに分業の正常化
 B学校保健ならびに公衆衛生への積極参画
 C休日急患医療への協力体制の強化
 D薬剤師研修
 があり、この事項推進にあたって次の規模の建設が最少限必要てあることを確認した次第であり、今後共三師協調の上に立って、自らの職能に誠心邁進し、医療行政に積極的に協力、努力してまいる決意である。

 建設規模は概略次の通りであり、現在見積価格について建設会社と折衝中で、出来得る限り早期着工、来夏には完成という目途ですすんている。くわしくは次回の会報で報告する予定である。

 以上、本年通常代議員会ならびに臨時代議員会に於て議決された事業の大綱にのっとり進めてまいりました本会にとって末曾有の大事業の進捗状況を報告し、薬剤師職能と会館建設が不即不離であり、本会の進取性と信用を内外に定着させ、対外的な事業活動 の基点とするよう、なお一層会員諸兄の支援のもとに執行部全員、心を一つにして努力していく所存である。


福岡市薬剤師会館  建設プロゼクト委員会中間経過報告   委員長 冨永 泰資

 市薬会館建設の端緒は何といっても今春突如市教委より市学校薬剤師会を通じ市薬剤師会に対し、市立小中学校の飲料水検査委託の申入れがあったこと、之を機に五十三年度通常代議員会の承認を得て「フクニチ」との共有地の処理交渉に入り、遂に之を買収することになり、続いて市薬理事会は直ちに会館建設プロジェクト委員を私等六人に委嘱された次第です。

 委員会は市薬会員各位、各方面の意見を公私にわたり聞き、検討々議して
 1 水質検査の内容と規模
 2 右の為のみの建物とするか否か
 3 建築資金の工面検討
 4 建物の構想構造
 5 完成時期
等々につき概略の検討研究を開始し、去る臨時代議員会に諮って
 1 会員資金のみの場合 地上ニ階建
 2 補助金獲得の場合 四階建
 3 建物は
  イ 事務所
  口 研修室
  ハ 試験検査室
  ニ DI、図書室
  ホ その他
とする基本構想の下、今日まで進んで参りました。大略以上の通りてあるが、今少し詳し く記してみます。

 1 資金面
会員資金については、代議員会決定の通りなるも出来る丈会員の希望にそう会館としたい 為、補助金獲得の情報を集め熊本、広島同県薬に出張調査の結果を踏まえ会長、専務と数 回に亘り上京折衝活動するも
A 船舶振興会資金
 イ 薬剤師会は対象外につき未だ補助金を出した事なし
 ロ 仮に対象団体であっても、福岡市は競艇収益により相当多額の市財政の恩恵を受けていることなれば、福岡市当局より助成を受けられることが筋ではないか?との理由にて拒否
B 自転車振興会資金
 前回補助した薬剤師団体ー北九州生活科学センターの現状が未だ解決せず、現在 之が正常化に努力中なれば、同県同一団体−地域主旨は違っても−に助成金は出せない 右の様な事情により助成金要請の窓口は唯一つ市当局のみとなりました。以上からする と市の助成金は右二団体からの助成に比しその額や徴々たるものと思わざるを得ません。

 ここに於いて委員会は当初計画し、会員の切なる希望てあった四階建を断念し、愈々二階建構想の下に建物、構造、設備、器械器具等々検討に専念した次第です。

 この間馬場市学薬会長は、市教委との連絡交渉の結果、
 1 水質検査に要する設備、機械器具は従来の通り市教委にて購入、市薬に貸与する。 尚必要品目は二〜三年にて揃える
 2 公立小中対象校の検尿検便を依頼する
との話合いが成立しました。

 委員会は特に会員各位の声なき声を充分に聞き、更に会長の基本構想、意見を認識し
 1 会員のための会館
 2 日薬構想による県薬事業計画に何時でも応じ得る会館、調剤、薬品検査、DI情報等々
 3 一般薬局開局の条件 一坪試験室の撤廃を目的とした試験器具機概の充実
  等々を委員全員十分に認識し、十数回にわたり設計図の検討修正を重ね、去る十月五日プロゼクト委員会としての最終案を決し、十月十三日の理事会に提出、更に多少の手直しの上理事会決定を見た次第てす。

 最終平面図左記の通り。
 尚現在最終正式設計図も出来、積算、仕様書を終り、之をもとに市当局、市教委夫々の  関係機関に積極的に働きかけよりよき会員の為の会館建設完成に役員一同結束を固めて 働いております。会員諸氏の御理解と御協力を切にお願いいたします。

追記
 1資金と建築手法について
 会員有識の方々から色々貴重な御教示をぃただき、その都度関係機関と折渉検討しましたが、最終的に会員先生方に一層の迷感がかからないという確信を得ることが出来ず、前記の如く市の助成と会員資金のみにて完成することに決しました。

 2 業者指名
 十月の相談役・理事合同会議に於いて種々討議されました結果、県薬会館改修工事業者 であり、当初より設計を頼みました八千代建設鰍ノ依頼することになりました。但し
 イ 積算見積額等については、資金貸付銀行たる福岡銀行の専門家に再チェックを依頼
 ロ 完成まての監督は1級建築士である古賀氏(古賀専務厳父)に依頼
 以上により会員の危惧なき様十分に注意し進行する。
 3 完成予定  昭和五十五年六月末
 右プロゼクト委員会として現在まての報告と致します。  11月5日現在

<福岡市薬剤師会館規模概要>

建築場所 福岡市中央区今泉1丁目
敷地面積 519.92u
建物構造 鉄筋コンクリート造陸屋根
     3階+塔屋1階
規模・面 地上高12.40m
積及び各 床面積
階主用途 1階 351.298 駐車場(10台収容)、倉庫
区分
     2階 284.841 玄関ホール、事務室、会長室、小会議室、DI室、更衣室
     3階 287.681 試験室、大会議室
     裕里 15.069  階段
     合計 938.88u(284.02坪)

図面


青年薬剤師 座談会

まえがき 古賀専務理事

 税制改正による処方せん増発の気運、調剤薬局の急増、一方ではOTCの再評、スーパー攻勢など薬局をとりまく現況はあわただしく、きぴしくもあり又好機のときでもある。
 このような現状に青年薬剤師はどう考え、若い薬局経営者はどう行動しているか。これらの青年ぱパワーは薬剤師会のエネルギーてもある。そういう意味で今回若手の薬剤師に大いに語ってもらった。

o司会  松井昌也理事
 昭43 福大薬学卒 34才
 昭51 徳松薬局開局

o出席者 (順不同)
▲碇博幸先生
 昭47 東京理大薬学卒31才
 昭52 巨V道薬局(二代目)

▲正岡民次先生
 昭46 福大薬学卒 30才
 昭47 東区津屋にて開局
 昭49 美和台に支店開局

▲小野信昭先生
 昭50 福大薬学卒 29才
 昭52 居ャ野薬局(二代目)

▲深見俊彦先生
 昭45 日本大卒 32才
 昭53 ふかみ薬局
    奥様(薬剤師)

司会 本日は先生方には、御為忙のところ、お集まり頂きましてありがとうございました。最近、薬剤師会に入会される万で、若手の先生方が非常に多く見受けられるようになりました。
 そこで、日頃お店で活躍しておられる先生方の仕事を通しての医薬分業やOTC薬、又薬剤師会等について考えてある事や、将来のビジョンを話し合って頂きたいと思います。

 【何故、薬剤師になられたか薬局経営を始められた理由】

司会 まず最初に、何故、薬剤師になられたか、またどううして薬局経営をされるようになったのかについて、いかがてしょう。

 動機というのは、そんなにないんですが、父が薬局をやってました。子供の時からずっと見て来ているし、流れに逆らわないというか…
司会 碇先生は、長男ですか。
 ええ、そうです。
司会 後継者ということですね。
 そういうところですね。あまり流れに逆らってもという考え方でしたね。
 (全員笑い)

司会 小野先生は?
小野 うちも、そうですね。
父が店を3軒殖していましたから、大学を卒業する前に、 僕は、三男ですか、長男が薬学部を出ているけど、薬学の研究の方にはいってしまってから、まるで商売向きでない。
 (全員笑い)
 二番目が薬学部に行かなかったのて、なんとなくお鉢が回って来たということです。 僕も逆らわずにということで、3軒あるからやってみようかと思って。

正岡 私は、薬学部イクオール薬剤師という感覚は、全然なかったですね。父か厚生省関係に務めててですね、公務員にはなりたくないと、たまたま薬学部を受験したら、パスしたと、その時まで薬剤師という意識はなかっんてすね。薬学部を出たら薬剤師にならないといけないという感寛はありました。メーカーを辞めて、成行きとして開局しました。

深見 私は、畑違いのところにいました。結婚した女房が薬剤師であったので、いづれは、薬局でも開こうかと思っていました。いろんな人に話を聞くと、やはり薬局はいい商売であるということで開局が頭にありました。ここ三年前から考えていまして、昨年の一週間分業の時に、今がいい時期と思って、七月一日に開局しました。

 大学時代、その当時乱売があってた時期て、あんなやり方は好ましくないと、学生の目で見た時にですよ、継ぐべきかどうか迷いました。学生時代は、あんなことをしていてもしようがない、やめておこう。少なくとも研究機関に行った方がいいじゃないだろうかと、思考致しました。その後心境の変化があり、たまたま入社した関係から、薬剤師として店頭で薬に対する不信とかを和らげ、適確に薬を応用していく、少しでも地域住民に、簡単なものでしたら一応処理できるというところが出来ないものだろうかと思い、薬局を継いでみようと思いました。

 【二代目経営者として御苦労の点は】

司会 小野先生と碇先生は、二代目ですが、二代目の御苦労がおありと思いますが?

 基本的な考え方は、父と一致しています。但し、僕達は若いですから、どうしてもストレートに、ワンクッショソ置くというやり方は非常になまぬるく感じます。一つの事を説明する場合でも、じわっとするやり方と、ボソとやって行く方と、色々あると思いますが、その辺に意見の対立があります。
 私のところはよく漢方薬をやっていますが処方選定の上において、自分ならこうする、父だったらこらずる、その時の薬の使い方と云うんですか、ずっと突込む、その辺の老練差というんですか、その差が出てくるとどうしてもイライラしてく今そういう面もあります。

司会 要するに、販売におけるテクニックの違いとか…

 はい、そういう時はジレンマを感じます。経営的な面で考えた場合、どんぶり勘定になっているんじゃないかと思い、数字で管理していく、その辺が欠けているんじゃないかという感じがします。そこをどうなおして行くか、私が帰ってきて。一つのポイントだったと思います。
小野 店を広げた時が乱売戦の後半でしたから、薬局のビジョンと云うのが、父の場合は、薄利多売と云う考えか若干ありました。薬局は生き残れない、一軒ではどうするかという考えが強くあって、店を広げたおかげで人員が手薄になりました。薬剤師は薬剤師というとって商売はしきらんと、その頃処万せんも全然出ていませんでしたしね、薬剤師の肩書は捨でてもよかという考えが強かったですね。
 卒業してヒグチに入社しました、入社してショックと云えばショックでした。売れている物といえば薬より雑貨の方が多い訳でして、そこで二年間薬よりも、組織や計数管理を勉強しました。
 帰ってきまして、ヒグチにおる時からもそうでしたが薬を売るというよりも、色んな置いてある物を売って行く形が多かったものですから、薬局とは今からどうあるべきかと、いつも考えていましたから、ヒグチみたいな量販店のような事はやりたくないと自分なりの考えて、薬局というのは、今からはある程度一国一城の主的な考えでないと駄目じゃないかと思い、そこが父との竟見の対立がありました。
 父は昔ながらに夢を見ているというか、店を広げていって安く商品を仕入れて、そこから利益を出す。そこら、へんの経営計数管理的なことと、そういう夢と云いますかそういうのですごく対立しています。だから、今だに処方せん調剤には積極的ではありません。

司会 二世には、先代とのそういう風な考え方の違いがありましょうが、それか又、お互いの進歩のためには、役立っているのではないでしょうかね。
小野 そうでしょうかね、それであればいいと思いますが。

 【新開局に当っての苦心】

司会 二代目の先生方のお話を伺ったわけですが、自分でお店を開かれた初代の先生方にもそれなりの御苦労があったと思いますが。

正岡 一番感じた事はてすねお客さんに対して信頼がないということですね。十人来て気簡単な薬でも十人のうち一大儒しか云う事を間いて買ってくれないですね。どうしても十人中大人は、宣伝とかをされている商品の方を信頼するということで、薬局自体格(信頼)がないということを感じますそれと資金的な面で苦しいんじゃないかと思います。
 私も借金して、家賃を払って、生節もしなくてはならない。すべての面でやっぱり苦しさを味わいました。だけどそれなりにどうしたら、やれるんだということだけある程度わかったと思います。

司会 そのどうしたらやれるんだということは。

正岡 やはり、分岐点じゃないですか、自分自身の分岐点どこまでは我慢できるんだという、そこじゃないですか。自分が始めたことですから。
 信者を作る事か大事で。一対一でどれくらいの信頼できる人をつかんていくかと、要するに僕達に対する信頼度が、その店の格になっていくだから一人一人のお客様に一人でも多くの信者を作るように誠心誠意やっていくというところかミソじゃないかと思います。自分の勉強をしてきたことを精一杯提供してみると、あなたに合った薬を差し上げると堂々と伝えるようになるんじゃないでしょうか。
深見 うちの場合には、割と相談客が多いんです。それで女房と担当わけではないですが、私が水瓜とか、痔疾患とか、女房には、相談しにくいと思われるのを、うけています。
 薬剤師というものが一体何かと、振り返ってみますと、医薬分業の際には、絶対に必要ということと、これが本当の薬剤師の仕事ではないかと思うのは、売薬以外の薬で、患者にあった調剤をしてあげれるということではないですか。自家製剤(薬局製剤)的なものが作れるということが薬剤師の特権ですね。でないと薬剤師イクオール売子になってしまっては、薬局の今後は、あらかた小さいものになってしまうのではないでしょうか。分業と製剤が出来るというのが薬剤師の特権ではないてしょうか。

司会 薬局製剤について、少しお話を伺いたいと思います。薬局製剤をなさってある方は、どなたかいらっしゃいますか。

野 以前は父がやっておりました。父は九大にいて、退めて開業しましたから、九大の処方で、売薬的に使える薬をやっていました。例えば、風邪薬、咳止、解熱、胃腸薬、便秘薬とか、薬局製剤は、許可を受けて二年毎の事前で、途中で店を広げたせいもあって、一軒一軒申請をしなければならないのと、乱売で製剤の売上げが全体の比率からいくと佩ってきて、僅かになってきたけれど、まだ続けていましたが、丁度その頃、当り屋に三回続けてひっかかったので、その時でもう嫌気がさしてやめました。私か帰ってきて、款膏剤なんかは、色々と作っています。
正岡 私もですね、五年前まで薬局製剤をよく作っていたんてすが、洗い直しで大部分なくなりましたですね、便える薬がね。それと今の当り屋の問題があるし、薬疹のことなんかあったし、その時点から全部やめました。

 【薬局製剤の活用について】

司会 そうすると薬局製剤というものは、許可を受けて作っているものに対して、そういう一部の当り屋とかにひっかかった場合に、こういうものについて対策を企てないと最近薬局製剤が見直されつつあるのに、またしぼんでしまうということにもなりかねませんね。

岡 メーカーのOTC薬は、そういう場合保障する必要はないそうですね。
小野 ないんですけど、まあ一応、メーカーに全部いきますね。こちらは、ある程度金銭的な面ではダメージは少ないですね、お詫び程度で済みますね。まあ、我々の場合は金銭的なダメージが大きいですね。

司会 小野先生は、薬剤師損害保険を御存知ですか、あれから、救済措置もありますので、利用なさると良いと思います。

正岡 うちの揚合はですよ、先々、医薬分業になってきますんで、それで薬局製剤や零売とか、なるべく減らした方がいいんじゃないだろうか、神経的な考え方から、故意に段々減らして来ています。医者を剌激しないように。
小野 それはありますね。うちの場合そのことと両方ありましてね。
正岡 やっぱり、ものすごく意識していますね、開業医の先生方はね。
小野 やはり、医薬分業を見とかないと駄目ですね。
正岡 医薬分業は、今からは別の形で出てくるんではないでしょうか。
小野 それはあるでしょうね。
正岡 今の、現在の薬局でいいんだろうかと考えた場合ね、お医者さんの場合、駄目だと思ってあるんじゃないでしょうか、立地的なことや、形態とか。
小野 うちも、ドクターと話を進めていまして、来年からやるようにとせっつかれていますが、やはりマンツーマンでないと困ると、ドクターは言われるですね。今ある店舗で処方せんが出てくれることが経済的にもベストなんですが、だから店の中も少しづつ換えていってるんですが、乱売もしませんし、雑貨も店頭に積むこともしていませんしね。それで固定客で地域の人を中心に経営か成り立つように考えていますけどね。

 【既存の薬局における分業についての取りくみ方】

司会 丁度、分業の話が出ましたので、分業について少しお話を聞かせて下さい。先生方は全員処方せんを受けてありますね三百枚以上受けてある方は、私のところだけのようですね。今私のところは、月に六百から七百枚です。耳鼻科の処方せんか主ですが、他に内科二軒、これは今のところ外用薬だけですが、それと歯科医と受けております。 処方せんを受けるようになって、OTC薬の売上げとかが若干減ってきたようです。 だからOTC薬も伸び、分業分の収入もあるというようにしないと、いつ処方せんが出なくなるかも知れませんし、だから、あくまでもOTC薬が基礎だと思います。

 それがマンツーマンの悪い面ですね。
正岡 医者は主導権が百%ありますから医師次第ですよね。分業するも、やめるのも。薬品側も相手を選ぶべきですね。それと、薬剤師とお医者さんと相互に接触しておいて、心の中がわかるように、つまり信頼関係がないと絶対医薬分業はあり得ないですよ。 例えあったとしても、おそらく途中で崩壊したりするんじゃないですか。
小野 そういう面を、私は二代目ですから父からよく言われるんですよ、今までマンツーマンでやってこられて壊れたという例をたくさん見てきたから、マンツーマンに対してものすごく危惧の念を抱いているということですね。だけど、現状はマンツーマンでないと進まないということですね。
 新しく開業をなさる方で、はたしてマンツーマンでどこまで突込めるかということですね。投下資本は少いですもんね。自分で店をやる場合、店の規模にもよるけど、五百万以上はいりますよね。調剤薬局の場合ですと、ある程度医薬品もしぼれるし、人員もしぼれるし、時間的な面でも余裕がありますしね。今度僕がやる話をしているところでは、大体二百万ちょっとあれば足りるんじゃないかと思います。
正岡 それは、薬品購入だけですか、設備的なものは、貸し店舗か何んかですか。
小野 はい、そうです。
正岡 器具なんかは、どうされるんですか。
小野 器具なんか全部人れてです。医薬品は含んでいません。
深見 家賃と設備投資ですね。受付が始まる時までで二百万ということですね。 敷金とか入れたらまた話は別ですね。
小野 そうですね。
司会 それは、内科とか?
小野 内科、小児科てす。マンツーマンの場合は、好立地じゃなくていいわけですからね。だから、設備面からいうと、やってみる価値はあると思うんてすが。

 【マンツーマン分業の是非と功罪】

司会 内科・小児科ですと、薬の種類として二百種類は最低要ると思いますね。

小野 そうですね、医薬分業になれば、ドクターが今まで置いていなかった薬も処方せんに出してきますからね。今度は、自分が使いたいと思う薬を気兼ねなく出せますからね。
深見 マソツーマソならば、そのへんのことは打合せできるんじゃないですか?
小野 できるけど、やっぱりそういう面は期待してありますよ。
深見 ああ、なる程そうですね。
正岡 松井先生のところは、デッドストヅクはどうされていますか。
司会 私のところは、医師の方に言いまして、この薬品がストックになっていますので消化して下さいとお願いします。でないと、これは大変です。
小野 そこらへんの問題がですね。
司会 これは逆にいうと、マンツーマンのそれがいいところじゃないんですか。
深見 そういう打合せが出来ればですね。だけどそういう打合せか行われているうちは医薬分業が本格化されないですね。
小野 そうですね。

司会 そうなると、地域に調剤センター、備蓄を兼ねたものか必要になってきますね。

正岡 うちなんかかなりデッドストックが出てますね。
小野 うちなんかも出てますね。
司会 マンツーマンの場合は薬が決っているから苦労しませんが、他地区からの処方せんですと、無い薬が多いですね。それを取り寄せて調剤しますが、あと残りますが損しててもという感じて受けております。
 僕も一応、意地で受けていますね。
正岡 メーカーに小包装を作って欲しいてすね。五百錠、千錠、五千錠、なんて単位じゃなくて、百錠単位の包装を作って欲しいですね。
深見 私の場合でも、うちにないものが来た場合、附近の薬局に全部電話して廻りますよ。幸い、長住地区は調剤薬局が多いですから、そういうところで手配出来ますね。 医薬分業を本当に浸透させようと思えば、医者も心配していることでしょうけど、患者側の不安といいますか、そういったものを如何に解決させるかということも一つの医薬分業上における大きな問題点と思いますから、うちにお見えになった患者さんにはやはり、意地でも調剤してあげるようにしています。中には、処方によっては手数料位しがならないのに、あっちこっち電話したり、走り廻ったりすることもあります。
司会 そういう意味での意地というのは賛成しますね。
小野 ある程度、どこでもやってあるんじゃないてすか。
司会 それと、私は薬局委員をしていますが、備蓄薬品リストがありますね、あれを多いに利用されることを望みます。

司会 小野先生は、来年から分業をなさるお医者さんがいらっしゃるそうですが、薬剤師会員の先生方の中には、ドクターに対するコネかつけにくい、所謂、敷居が高いという考えがあるんじゃないでしょうか、医師に対するアプローチの仕方があるんじゃないでしょうか。

小野 やはり、それか一番の問題ですね。これは人間関係てすから、たまたま僕の場合は友人を通じての仲になり。一緒にゴルフなんか行くようになりました。一週間分業の時にもお互いの薬品リストを交換しまして、その時は五枚程度しか出なかったんですけど、その辺から親しくなって、今度税制改正になり計算してみるぺ処方せん発行の方が、医者の方か有利になるとのことで、何時からするかと逆に言われているわけです。仲々場所か見つからなくて困ってます。
 アプローチやってみたこと、がないんですからね。
司会 医者に対するコンプレックスみたいなものがありますか。
 コンプレックスと云うかじゃないでしょうか、何と云うか、複雑な心境ですわ。
正岡 やはり、医者サイドの企業だから、云いにくいんじゃないでしょうか。
小野 一週間分業の時でも、行く迄時間かかかるけど行って見れば気軽に話してくれましたけどね。飛び込んて行くしかないんじゃないでしょうかね。
正岡 ドクターと同じ趣味を持つのが一番旱いんじゃないですか。

司会 だから、ある程度親しくなるというのが前提条件であって、それから医薬分業の話は二の次に出てくるものであって、日頃の隣近所の付合いみたいなものをなさるとよろしいんじゃないですか。

小野 だからそれが仲々、こう云うと何んですが、こちらにも下心があるもんですからそこら辺が言いにくいですね。
深見 しかし、来春から税制が変ってきますよね。それと薬価の改正がありますね、これは少し遅れそうですけどね。そういう事もあって今がチャンスじゃないでしょうかね。
 個人でなくて、部会同志(薬剤師会と医師会)での団体交渉みたいなものはできないですかね。

(つづく)
 (更に次回は分業問題、若いパワーによる薬剤師会々員の団結、等についての話合いを報告します)


病院における 血液類取扱いの問題点
  福岡大学医学部付属病院 副薬剤科長 木村 浩三

 本会報第五号で県薬務課の嵩先生が、血液成分製剤の医学的意義などを明示しておられるので、私は病院等輸血施行機関における実務上の問題点について私見を述べてみたい。

 血液および血液成分製剤(血液類と略)が、医薬品であるかないかー感覚的には首をひねるとしても、多くのものが局方なり生物学的製剤基準なりに収載されているという 事実から、医薬品と定義されてもあながち不当ではあるまい。それかあらぬか、独立し た輸血部のない病院ては、薬局がその管理を担当している事例も多いようである。

 血液剤の使用と管理における問題点は、その特質上当然のことながらつぎの諸点にある。

@「なまもの」であり使用期限がきわめて短いこと。保存血・赤血球濃厚液(PRCと略)は21日間、新鮮洗浄赤血球は48時間(なるべく当日使用)、濃縮血小板血漿(P?cと略)は6時間、新鮮凍結血漿(FFPと略)は所定保存法で1年であるが融解後は3時間ーなど。

A 保存温度にきびしい制限があること。FFPはマイナス20℃。〜40℃、クレオプレシピ テートはマイナス30℃〜80℃P?Cは15℃〜25℃他は4℃〜6℃。

B 血液型が存在すること。主となるものは無論赤血球によるABO式分類で、受血者  血型との同型輸血を行うべきはいうまてもない。通常用いられる別の分類法にRH式がある(赤血球以外に、たとえば白皿球にも型抗原が存在し、頻回輸血による抗体発現のた め副作用を現すことがある。しかし、通常白血球型判定は行わない)。

C 同型輸血でも、通常はさらに交差適合試験を必要とすること。血液型は複雑なもので、 完全に型の等しい輸血はあり得ないといわれる。そのため受血者・供血者血液間の 交差試験が行われ、安全が確認される。

D 予定された輸血が行われないで血液がしばしば返却されること。内科的血液疾患の 場合は大体予定どおり使用されるが、手術の多くの場合には、未使用分としてPRCや FFPの一部あるいは全部が返品となる。ときには予想外の出血のため追加また追加と いうこともあるが、その場合も結局は何本かの使用残が出ることになる。

E 常時使用の可能性があること。

 外科や産科のある相当規模の病院では、深夜休日の輸血もしばしばあるわけだが。いちいち業者に配達を依頼するわけにいかず、実情に応じた本数(各型別のPRCとFFP)の所定温度での備蓄の必要が生じる。これらの事情がからみ合って、血液類取扱い業務を非常に労苦多いものにしているが、その最たるものはDの残品処理の問題である。

 手術時の輸血量の正確な予測は外科医にとって困難であろうし、少な目より多目に確保したいと思うのも無理はあるまい。私共の病院の輸血部では、所定温度で保管されたことを条件に院内からの返品を受け入れ、つぎの使用機会に備えるが、限りある交差試験用パイロットを何度も用いるための工夫はこらせても、本体の使用予定個所への運搬と、その返却をくりかえすという温度管理上の不都合や有効期限などを考慮すれば、それはせいぜい3〜4回が限度であろう。

 血液類はその能力から、有効期限内であってもなるべく早く使用する方かよい。期限を過ぎれば少なくとも血漿以外の部分は利用価値なく、むなしく廃棄されることとなろう。貴重な血液類の、ロスの絶滅と円滑な供給という相反する必要性のために、管理担当者は最大の努力を払うのである。備蓄できる製剤とは別に、有効期間が数時間しかないP?C・解凍赤皿球などは、必要のつど(当院では毎日数件)センターに製造を依頼するのであるが、原料新鮮血収集時刻の関係などから施設に到着するのは16〜17時頃ともなりさらに交差試験や、センターにおける所定の検査結果の確認を経てやっと使用の段取りとなる。担当者は日常的に時間外勤務を余儀なくされ、交替要員(他職種への委託ー好ましいことでないーを含む)のない場合には労働管理上の開題も生じ得よう。

 そのほか顆粒球(白血球)血漿の問題などもあるが省略するとして、以上述べてきたことは規模やシステムにもよるが、多くの病院が多少とも抱えている問題ではなかろうか。

 それではこれらの解決策は?
 根本的には病院輸血部(仮称)の人員・設備・システムの確立と充実しかないように思われる。輸血(血液成分)療法の進歩にもかかわらず、診療機関のそれへの対応はきわめて立ち遅れているといわざるを得ない。現在の輸‘血料・生物学的製剤注射料による収入と、血液類の管理から使用に至る人件費・設備費のバランスを考えてみる時、輸皿でもうけようとするのは論外としても、また、「患者のため」という大義名分をよりどころとしても、少なくとも小病院では輸血部の独立など夢に等しいだろうし、大病院でもその面に充分の費用を投入することはまずもって無理な算段であろう。

 一方、無償で提供される血液類の価格は、全血200mlから調製された成分製剤として 理論的に一万二千円ほどになるが、これは感覚的に必ずしも安いとは思えない。この金額か国家的血液事業の・設傭費や経費にのみ使用されているのであれば、せめてその一部が何らかの形で民間診療機関にも還元され、末端における輸血業務の進展に少しでも役立てることができればーこう考えるのは筆者の感情的愚論であろうか?


薬局窓口におけるDIについて   博多区休日急患委員 木原 三千代

 九月九日、パークホテルにおいて、吉本先生より「薬局窓口におけるDI活動について」という講義がなされた。小売薬局の窓口に立つ私にとってDIというのは、あまりかかわりがないものと思っておりました。

 でも、アタラックスPを風邪薬とまちがえて6カブセルのんで眠ってしまったけど大丈夫でしょうかとか、昆虫採集に便う注射器をあやまって皮ふにさして赤くはれているけど大丈夫でしょうかと、学校の保健室から聞いてこられたりて、開局薬剤師とはいえ、やはり、DIというものを知っておかねばならないと痛感すここともあり、本当に是非受けなければと思いました。DI入門ということで、DI活動のあゆみということから始められた。

 昭和36年頃からDI活動の概念固めがなされ、医薬品カード発行から、DIパソチカード発行、日本医薬品情報センター(JAPIC)設立、国立大学病院にDI主任が認められる、というような歩みをなした。

 現在使用されているというパンチカードを見せていただきましたが、カードの縁にあけてある、たくさんの小さな穴には、全て意味があるということでした。

 次いで新製品のインタビューフォームの改訂案というのを伺った。 新製品を紹介する場合は、六項目にわたって詳しく記されたインタビューフォームというものを提示するようにというもので、実際に第一の”ノイエルカプセル“のそれを見せていただいた。

 この中でpkaという新しい言葉にふれた。pkaというのは、解離定数の逆数の対数のことで、これが高い方か(塩基性薬物)乳汁中に移行しやすいということである。

 他地区調剤薬局のDI活動ということで、上田薬剤師会会営上田調剤薬局で実際に行われているDI活動というものを見せていただいた。本当に大変わかり易く、丁寧にDI活動がなされているのか良くわかった。

 最後に、情報を伝える場合の注意として、私達開局薬剤師から患者さんに情報を提供する場合には、資料をそのまま見せるのではなく、一般の人にも良くわかるような一言葉で、理解してもらえるように話してあげるべきである。

 その際、情報のもととなった書籍、紹介先などを明確にしておかなければ、医療紛争が起きた時など、困るということに注意すべきである。


親睦ソフトボール大会 第1回

ソフトボール大会

主催 福岡市薬剤師会
担当 組織部委員長 竹尾・山手・江口

 秋晴れの10月21日(日)舞鶴(小)校庭にて、岩橋薬務課長、白木県薬会長、斉田前会長臨席の元、多数の会員と家族の参加を得て盛大に開催された。
 午前九時整然と選手入場、藤野会長開会を宜し、岩橋課長の始球式により試合開始。 各チームは日頃精励の結果を試めさんと亦応援団の声援に意気軒昂、ファインプレー 珍プレーをはさんで熱戦に、吾れを忘れる一日でした。

 優勝西支部長は胴上げにより宙に舞い、各チーム健闘を讃え合い親睦の糾を固めつつ大会の幕下された。
 会長から西支部に優勝カップが贈られ、各チーム表彰とその労をねぎらわれ、懇親会に移り市薬の発展と団結を誓い合って萬才三唱。(竹尾)

ソフトボール大会

 試合経過
 第一試合
東 9 ー 8 中央
 第二試合
西 7 ー 1 博多
 第三試合
東 32 ー 5 南
 第四試合
中央 21 ー 8 博多
 第五試合
西 15 ー0 南
西2勝、東2勝、中央1勝、博多0勝、南0勝

●決勝戦の結果
 西 15ー8 東
o一位 西チーム
 ニ位 東チーム
 三位 中央チーム
 四、五位 博多、南チーム

支部長談話
▲本川西支部長
 勝利の栄冠を胸に、会員一層の親睦と団結を図りたい。
▲礒田東支部長
 広く会員の力を結集して古豪チームを強化し、期の到るを待つ。
▲大庭中央チーム部長
 勢力を温存し過ぎて三位に甘んじたが、次回は遠慮なく優勝カップを頂く。
▲堀江博多支部長
 日頃の力を充分発揮てきず残念、次回は会員の応援合戦にて優勝を期す。
▲大黒南支部長
 紅三点、花あるチームは南支部の誇りである。華麗なる南チームに栄光あれ。

●ホームラン 14本
中央 大庭A、片山A、浴ロA
 東 松井@、竹内@
 南 川畑@、角野@
 西 川添A、小田@
博多 木原@

出場選手(敬称略)
 ▲中央支部チーム  13名
 中野(佐)中野(寛)大庭(秀)、田坂、平島、小野、碇、平島、森田、本駒、片山、 大庭(一)浴口
 ▲東支部チーム   12名
 馬場、篠崎、藤野、成沢、正岡、松井、礒田、清水、許斐(博)許斐(孝)竹内、大神
 ▲南支部チーム   11名
 角野、出口、古後(同女性)青谷、深見、村田、大久保、川畑、有田、岩佐、岩氷
 ▲西支部チーム   14名
 小田、竹尾、本川、川添、大町、清水、野田、藤野、淀川、吉田、冨永(秦)木村、宮崎、
 藤原
 ▲博多支部チーム  11名
 堀江、坪根、冷川、中島、木原、高杉、斉藤、高杉、阿波、冨永、山田


 祝 御当選

 辻 英雄先生
 山崎 拓先生

 先の衆議員選挙に於て福岡市薬剤師会・御推薦させて頂きました御二方、見事栄冠を得られご同慶にたえず、亦会員諸兄の御協力御礼申し上げます。
  藤野会長


市薬日誌

8月17日 市薬理事会、支部長会(県薬会館)
  17目 山崎拓君を励ます会、薬業会主催、市薬理事全員出席、(橋本厚相臨席)
  20日 筑紫二十日会、福岡通産局 藤野、古賀
  21日 九州自転車協議会 藤野、古賀
  23日 日本自転車振興会(東京) 藤野、荒巻、古賀
  24日 日薬代議員会出席 藤野、外
  28日 県支部長会 古賀
  28日 目薬分業推進ブロック説明会(ステーションプラザ)役員出席
9月4目 保険請求書監査 高倉外社保委員
  5日 八千代建設と会合 藤野
  9日 休日急患研修会(パークホテル)72名出席 講師河野、吉本
  10日 薬剤師連盟会議 冨永、古賀
  11日 市薬理事会(県薬会館)
  12日 支部長会(県薬会館)
  16日 谷口よしのり氏応援のため長崎出張 藤野
  17日 衆議院議員選挙告示
  19日 筑紫二十日会役員と会費について打合せ会 藤野
  26日 県薬務課長と会談 藤野
  28日 勤務部会例会(藤沢薬品KK会議室)
  29日 市薬会館建設プロゼクト委員会 冨永、外
10月4日 県薬支部長会 藤野、古賀
  5日 市薬会館建設プロゼクト委員会 冨永、外
  7日 衆議院議員選挙投票日
  8日 組織委員会 竹尾委員長外
  13日 市薬理事会(県薬会館)
  15日「薬と健康展」始まる。薬草展示会(天神地下街)
  18日「市制90周年記念式典」(市民会館)藤野外多数出席
  18日 休日急患事業研修費交付(市医師会) 古賀、成沢
  21日 市薬主催・第1回親睦ソフトボール大会(舞鶴小校庭)
     担当竹尾外
  25日 休日急患委員会(県薬会館)成沢委員長外
  26日 福岡銀行博多駅東支店訪問 古賀、藤原
 26・27日 九州山口薬学大会(熊木) 藤野外多数出席
  27日 「青年薬剤師座談会」(県薬会館)司会松井
  29日 久保田市議長訪問 藤野、古賀
  30日 薬会長・副会長会 藤野、冨永、荒巻、古賀
11月1日 福岡市衛生局・岸川局長、佐本部長、村山課長訪問 藤野、古賀
  2日 九大・恵愛団清水先生と会合 藤野
  3目 久保田市議長訪問 藤野、古賀
  5日 保険請求書監査 高倉社保委員長外
  6目 調剤実務研修・集中講義(福岡県薬会館)176名出席
  13日 市薬会館建設プロゼクト委員会 冨永委員長外
  13日 日米市長、商工会議所会長会議開会式(市民会館)藤野
  14日 市薬理事会(県薬会館)
  17日 分業推進講習会(タバコ会館)
  24日 「処方せん応需にあたっての基礎講座」(県薬会館)担当成沢外


第二回処方箋応需に当って必要な基礎講座ー市薬主催

 「病気と臨床検査値」
  講師九大医療短大教授
  沢江義郎先生
  11月24日、多数の会員が参加しての熟心な勉強会か注目されています。
  担当 成沢理事和


編集余滴

 毎号掲載の県衛生部薬務課より御指導の記事は、今回のみお休みいたします。

 会報に花をそえるため表題の図案(次号より)。薬剤に関係あるカット。 会館イラスト等の図案は、k.k.柳屋本店九州営業所長藤田熊雄氏の好意により作成しました。
 三津家