会報第25号 | 昭和63年9月30日 |
ご 理 解 と ご 協 力 を 福岡市薬剤師会 副会長 竹 尾 啓 二 4月末昭和63年度の事業計画とその裏付けというべき予算を執行部原案どおりご承認を得ました。つづいて役員、委員が決定して早くも六ケ月が経過致しました。五月末から役員、委員の先生方は各自自覚を以ってその業務に精励されておられます。 組識、薬局、社保、急患、学術、広報各委員会は、毎月開催され実に真摯に、真剣に、前向きに検討討議されています。第一回目の委員会で本年度の事業計画が樹立され、その実行に移っておられます。特に組織委員会では、福岡市薬発展のための基礎は組織力、和と団結力が基本であるとの考えを原点として、役割と機能を発揮しようと懸命に討議されています。会員諸兄には会員としての義務と権利があります。市薬の定款、細則を充分御認識下され守る可き処は守って市薬の地盤を固めると共に薬剤師職能向上を図る必要があると確信致します。会員諸先生には、委員会で企画立案される諸事業に対して、深い御理解と御協力を切にお願いする次第であります。 薬局経営面では、薬価の引下げが続き、薬業界に冬の時代が到来しています。薬局に於ける経営については、慢性的な不振が続いており、春の来ない冬の時代が居座っている様に思います。薬局の増加も年々上昇路線をたどり、これからの経営は未曽有の至難な道になりそうであります。医薬品の特殊性と薬局の自主性を発揮せねばなりません。否発揮する時が来たと云う感じが致します。 (イ)正確な調剤(ロ)効き目が良く特徴のある薬局製剤(ハ)正しく広い知識を持つ漢方薬(ニ)適確な判断と養生法の皮フ病薬(ホ)安全性と有効性に富んだスイッチOTCの採用等々生涯教育に徹し、お互い如何なる困難にも打ち勝ち人生に生き甲斐を持てる様に、又地域住民に密着した薬局経営をして行かねばなりません。 地域住民が真の健康を真剣に期待し考えている時に、物に心を添え健康への正しいアドバイスをせねばなりません。当然薬剤師自身の資質の向上という事が必要になります。卒後教育に、学術研修、薬局薬剤師研修会、諸種研修会に、ゼミナーに、積極的参加をお願いします。 経営が厳しい状況下で、生き残りの条件が問題になって来ます。地域社会での存在価値を高めて行くには、消費者のニーズを迅速に的確に把握して対応してゆくしか方法はないと考えられます。意識改革を行い、発想の転換を行って大衆薬に期待されるセルフメディケーション新時代を展開してゆかねばなりません。 その様な状況下で我々各自は小売薬業のために、自己完成をせねばなりません。薬局経営をするために先ず第一に自己建設をして完成を目指し努力邁進して行かねばなりません。景気が悪い、業績が振るわないのは、薬剤師会が悪いのではありません。これは各自一人一人が自分の責任を忘れない様に充分注意して、同業の同志と語り合い励まし合って自己建設に努力せねばなりません。 福岡市薬が今日さん然と有るのは、先輩諸氏の血の彦む様な労苦があったらばこそここ迄発展して来たのだと感謝しております。私達はその先輩の努力労苦に負けない様一人一人が頑張って、市薬の存続と益々の隆盛に邁進せねばなりません。それには、会員一人一人が誠意と責任を以って努力する事であります。お互いに頑張りましょう。批判する事より建設的な考えを持って強く正しく押し進む以外有りません。希望と情熱を持ってこの厳しい時代を急がずあせらず根気良く最善を尽して参りましょう。 先生方の御指導と御鞭撻を宜しくお願い申し上げます。 特別寄稿 「大いに頑張って下さい」 日本薬剤師連盟 幹事長 高橋 輝一郎 萬才! 石井道子政務次官就任! 石井先生は参議院環境特別理事として、薬剤師としての専門知識・行動力・その実績を買われて、環境政務次官という大役を任されたもので、持ち前の負けん気、たくましい行動力、旺盛な研究心、着実に積みあげてゆく実績、政務次官就任の道を開いたと思います。加えて、薬剤師の職能拡大を身をもって示されたのであって、私達薬剤師を大いに、勇気づけたもので、来年の参議院選挙に対する活動に弾みがつきました。 異常な雨続き、番狂わせの夏にも不拘、石井選挙は白熱化してきて、電話の問い合せもしきり、各都道府県の最前線が一団となった様子が手にとるようにわかってきました。 今回の環境政務次官の就任は、日頃の努力の積みかさねの成果とはいえ、薬剤師会・薬業界あげての喜びとなりました。 早速、政務次官就任の祝賀会が、「東京・渋谷・東急ホテル」にて、開催されました。8月18日、日本薬剤師会の第65回臨時代議員会に全国から集った代議員の方から、期せずして、「オメデトウ」という言葉と共に、頑張れ、頑張れと、石井道子議員に声をかけていました。 今日まで、党員・党友・後援会員作りにと頑張ってきた私達にとって、心から嬉しいことであり、参加者全体が、さらに、後援会員作りを懸命にやるぞとの心構えのあらわれと受けとりました。 この所へきて、どっと、私達に対して、激しい御しかりやら、意見具申をいただきますが、いよいよ戦いは堰を切ったなという印象を深くしていますと同時に、これを、みなさんの御激励と受けとめて、私達も頑張ってまいります。 このような事もあってか、党員・党友もふえてきて、それぞれの募集目標100%以上達成の都道府県支部も多くなったのは、未達成支部にはなりたくはない、恥はかきたくないと、ここを先途と頑張ったのだと思われて、指導者各位の御苦労に深く感謝します。 これからは、薬剤師会は半人前などといわれるような小成に甘んじることなく、渾身の力をふりしぼって、戦ってゆきたいものです。 これから、終盤までの長丁場は、選挙区候補者と連動しながら、「第15回参議院選挙にむかって、全国どこの支部組織も10回以上開催を目標」に選挙区の票の掘りおこしの目的で、石井道子議員を中心とした会合をもってゆくことになりますので、この石井道子はげます会の開催を、各種支部会合の前後につないでいただいて、石井道子議員の陣営のカウント効果にもつながるものとなるよう、一層の御協力をお願いします。 このたびの参議院選挙でありますが、石井道子議員が全国区参議院議員として当選なされて3年の歳月を経過しました。私達は、薬剤師職能を代表して国会で活躍して下さった高野一夫先生を失って以来、国会で、私達の立場で、職能を代弁していただく方が一人もいない、ここ一番の急所で、手詰めの一手のたりない悲哀を様々に思い知らされて参りました。 私達のこうした輿望を担って出馬した石井道子先生は八面六臂の大活躍で、時、あたかも財政再建、高令化社会に対する社会制度の見直しの中で、たださえ遅れをとっていた薬剤師職能の位置づけと業権拡大に、身をなげうって残されたご功績には目を見張る思いがいたします。 このような中で、日本薬剤師会も年来の懸案事項解決の糸口をつかんで、懸命の努力をかたむけています。これからが大切です。 石井議員に依存することも多いのです。 この一事を見ても、国民のために、薬剤師の力を結集して、新しい時代に対応する薬剤師の将来を築いてゆかねばならないと思います。どうか、後援会員の募集、地方における石井道子はげます会の開催などに健斗をして下さい。 福岡市薬剤師会、支部薬剤師連盟のみなさん!“ほのお”のような運動を展開して、石井、石井、と燃えひろがった、大きな運動となるよう期待しています。 さあ結集しよう! 日 時 11月26日(土) 午後3時40分〜4時20分 来年6月の参議院選挙での石井先生の当選を願って、上記のように「励ます会」が行われます。今後も何度か「励ます会」は有ると思いますが、全国各地を分刻みで移動している石井先生が、福岡県にいらっしゃるのは、この日以外には望めません。11月26日の1回だけです。 そして、石井先生は、福岡会場の後直ぐに北九州会場へと移動されます。 私共にとりまして、かけがえのない石井先生です。何んとしても、あの県薬の講堂を溢れんばかりにして、お迎えしたいものです。 是非、是非、お誘い合わせの上御出席下さいませ。 特別寄稿 「エ ス カ レ ー タ ー」 福岡県薬剤師会 会長 荒 巻 善之助 福岡市の地下鉄は、出来たてで利用客が少ないせいもあり、ピカピカで気持ちがよい。深いので登り降りに苦労するのと、待ち時間の長いのを我慢すれば、全く快適な乗物である。 ちょいちょい利用するうちに、乗客の面白い行動に気がついた。エスカレーターの乗り方である。 電車が止ると、エスカレーターで出口に向うが、このうち最初の数人は大抵歩いて登る。動いているエスカレーターの上を歩くのだから速度は倍になる勘定だ。せっかちといえばせっかちだが、ほんの数秒でも時間の節約になることは間違いない。 このせっかちな人達は、駅と時間帯によって人数が違う。天神や博多駅など昇降客の多い所では10人ぐらいが歩くが、千代町ぐらいの駅になると最初の1人からして止っていることもある。通勤時になると歩いて登る人数がぐっと増えて倍以上になる。よほど小さな駅でない限りエスカレーターの幅は二人分になっているから、1人だけ止っているときは横をすり抜けて登れる。 つまり止っている人が1人だけか、同じ側に並んで止っていてくれるなら、横を登っていくことができるが、左右バラバラに止ると登れなくなる。ときにはその後からくぐり抜けて行く人もあるが、大抵はここで止る。同じ段に二人並んで話し乍ら止っていると、これはもう後は完全に止る。ここで止ると、後の人はいくら歩いて登ろうと思っても登れなくなる。いらいらしても他人と同じ速度でのろのろ登っていくしかないわけだ。 そこで自力で階段を登る人達ができる。普通に階段を登る速度は、エスカレーターの速度よりかなり速いから、その分だけはいらいつしなくてすむ。最初の1人ぐらいはよくかけ登る人がいたが、最近は「危いからかけ登ってはいけません」という表示が出ているようだ。 ながながと説明に紙数を費したが、こういう光景は、大凡御存知のことだと思う。問題は毎日見られるこの光景が、人生航路とよく似ているな、ということである。つまり「チャンス」と「実感」と「努力」の配分が、である。 エスカレーターの登り口には最初に来れば確実に歩いて登れる。二人冒迄は確実だ。三人目になるとどうなるか判らない。時と場所によっては10人目ぐらいまで歩いて登れるかも知れない。ただ確実なのは2人目迄だからどうしても歩いて登るつもりなら登り口に最も近い電車の降り口で待期していることが必要である。そのためには、何輌目のどの出口が、最も登り口に近いかを知っていることが必要で、1度利用した駅ならば、これはわけなく知ることができよう。問題はそういう同一条件の中で、その人が、どう行動するかということである。 エスカレーターの登り口に最も近い出口から降りるかどうかは「チャンス」である。然し2度目からはその出口から降りることはできる。つまり、リサーチによってチャンスはつかめる。それを「意識するか、しないか」の差である。たまたまその出口の近くに空席がなくて、離れた場所に座っていても、降りる頃その出口迄来ていれば、これは「努力」である。満員でその出口にどうしても来れなければ、自力で階段を登る。これはもっと努力が要るが、一般人はこんなものだろう。 何もそんなにセカセカしなくても、のんびりとやればよいじゃないか、という考え方もある。それはそれでもよいだろう。然し駅の外に出て次に乗るバスの時間が1時間に1本で、それに乗れるか乗れないかの差となるとこれは大きい。毎日電車に乗る、数分、いや数秒早く目的地に着く。無駄な意識、無駄な努力のくり返しのようでも、その中の1回だけその数秒が大きな差を生むようなことが、人生にはあるのではなかろうか。 石井選挙がだんだん大詰めに近づいてきた。後援会名簿作りに会員諸氏の努力をお願いしているが、これをやっていても同じようなことを感じるのである。 知人が多い、少ない、性格が人なつこい、内気だ、これはハンディであり、チャンスと置き換えることもできる。いつでも名簿を取れるよう用紙を懐に忍ばせておく、オフィスや商店なら、必ず印はある。これは意識である。そして事あるごと、言いにくい思いでお願いする。これは努力である。 これだけの意識と努力、これが無駄になるかもわからない。然し石井道子を落すか落さないか、その差がここで決まるとなれば、その差は大きい。石井議員の事跡を改めて云う迄もないが、ここで議席を失うか、失わないかの差は、今後の我々の主張が通るか、通らないか、その分れ目であることだけは確実である。一生懸命努力しようと思う。 特別寄稿 「北九州市薬剤師会検査室について」
・昭和54年3月、厚生大臣指定 建築物衛生環境管理法にもとずく水質検査機関 なんでも法律というものは、年々に強くなってゆき、指定の条件などは六ケ敷くなります。 簡易専用水道の指定では行政より「今、水質検査をやってもらっているが受水槽・高置水槽の水槽検査を別の業者にやってもらうということになれば面倒になるので、是非薬剤師会でとって下さい」との強い要請があったのです。 厚生省の方針は県下1ヶ所の指定検査機関ということでしたが、法律の出来た最初のこともあって北九州市内4業者、福岡県下2業者の計6業者が指定されました。やはり法律は新しく出来た時には少々の無理もゴリ押しもお願いすればなんとか了解をしていただけました。月日がたってくると先の既存業者が強くなって仲々に最初の時のように思いどおりには参りません。 今、一番福岡市薬で問題になっている「厚生大臣指定の薬事法にもとずく検査機関」についても、最初に取組んで申請をして許可まで取付けました。 福岡県では衛生研究所・福岡県製薬協会・北九州市薬剤師会の3団体だけでした。勿論これには大きな政治力が必要です。八幡西区選出の住吉徳彦先生に働きかけ是非受理していただくようにと夜討ち朝駆けで何回も事務所を尋ねてやっと日の目をみたのです。 今、申請をしている「厚生大臣指定食品衛生法にもとずく検査機関」の申請についても1年余りの準備期間はかかりましたが、小倉薬剤師会々長小野英吾先生より、福岡県議会副議長の安枝守太先生のご盡力でなんとか報いられそうで心より感謝致しております。 以上のように政治力は絶対に必要であり参議院選の石井道子先生にも総力を挙げて頑張るべきです。私達の代表として上位当選を目指しましょう。 現在「社団法人北九州市薬剤師会検査室」の概要については、 私試験室担当責任者から見れば、福岡県薬は今までは余りにも理解がないと思います。 福岡県薬自身直接に試験室の問題を取扱かっていないので全然に無理解、検査補助金として1検査機関45万円とは何を基準に考えているのでしょうか。1人の検査員の人件費は給与・ボーナス・色々の保険料・交通費・家族手当を加算すれば約350万円かかります。 これは人件費として自然増加を加算して毎年上ってゆきます。 機械器具類も日進月歩の時代であり新しい設備の機器でないと取り残されます。又常に新しい機器の取扱いを勉強せねばなりません。こんな点を考えると頭の痛いことばかりですが、県薬の先生方も実情をしっかりと把握して頂きたいと思います。 昭和63年度より荒巻会長以下新役員となり、検査室の認識を再確認していただきたいと思います。 毎年福岡市薬・北九州市薬それぞれ検査室の件については県薬宛に文書で陳情を行なっております。 一日、も早く「厚生大臣指定薬事法にもとずく検査機関」の指定を取得して、共に手をたずさえ、協力して、医薬品の品質管理や医薬品にともなう色々の検査方法等の向上をめざして頑張りたいと思います。 特別寄稿 「株式会社ユニックDI室の現状について」 今回、福岡市薬剤師会より当社のDI室の現状につき紹介するようにとの依頼を受けまして恐縮している次第です。 当室のDI業務も未だ不備の点も多々ありますが概略をご紹介します。今後のためにも会員の諸先生のご指導を頂ければ幸に存じます。 昭和54年薬事法の改正に伴いまして、卸売一般販売業の法的定義が明確化されまして、卸としての本質的機能であります、医薬品の流通に関する諸問題につきましても法的責務が課せられたことは事実です。しかし、これは医薬品のもつ使命である安全性,有効性のことから当然のことと言えます。 同時に薬事法第77条の2「情報の提供等」に卸売一般販売業の義務が明記されたことの意義こそ重大であると受け止めています。 当社はご存知の通り長年にわたり、株式会社川口屋としましてご愛顧を受けて参りましたが昭和61年4月株式会社ユニックとしまして、第二の創業に向けて新発足を致しました。 当社のDI室は旧川口屋時代の昭和48年4月にDI室を設置、初代、DI室長として、甲斐田茂先生が就任され、引続いて、昭和57年6月に松本規先生が着任され、現在のDI室の基礎固めをされ、現在に至っております。 現在は営業本部学術担当としまして、鮫島貫志郎先生に社員教育とDI業務のご協力をも得まして、都合4名(本年6月よりDI室専従者1名増)で現状では以下に示す業務を行っています。 ◆Dl情報の提供 DI業務の中では薬事法第77条の2の主 旨の通り医薬品の安全性,有効性に伴う、これ等の新しい情報を正しく、速かに、お得意様に伝えるのが第一義ですが、卸の場合は取引メーカーに限度があり、又取引の濃淡により、その情報入手もまちまちです。当社の場合DrugInformationを発行しておりましたが、諸般の都合で一時中断の止むなきに至っておりましたが、卸DIと致しましてはメーカーDIの一部代行のつとめもあり早い時点で復活を予定しております。 ◆お得意様からの質問に対する情報の提供 書籍,資料も可成取揃え、又医薬品情報データベースは富士通エフ・アイ・ピーK.Kとオンライン契約を結びお得意様のご質問には出来るだけご要望におこたえ出来るよう努力しています。 昭和63年1〜5月受けました質問件数につきましては別表の通りです。 最近の傾向としましては錠剤識別のみにとどまらず質問内容は薬理等の高度のものが多くなっているようです。当社の場合各事業所の管理薬剤師の先生方にもご協力頂いております。 ◆Dl情報等の交換会 川口屋支社におきましては毎月第二,第四月曜日、各事業所の管理薬剤師の会合がありまして、お互いの情報交換,研修がもたれています。この会のお手伝い,情報の提供をしています。 ◆商品知識に関する社員教育 社員の多くは薬学教育は受けていないわけですが医薬品を扱うためには、薬を知らなければ、その安全性,有効性をそこなうことにもなりますことは申すまでもないことです。そのため社内学術ニュースを発行、社員研修につとのています。 その一部をご紹介させて頂きますと次の通りです。 以上、当社のDI室の業務概略につき述べさせて頂きましたが、実質的な内容面につきまして、なお多くの検討,改善すべき課題が残されています。 最後に会員諸先生におかれましては今後ともご支援,ご指導を賜れば幸甚に存じます。 会員のひろば 「会 報 を 読 ん で」 井尻部会 菊水薬局 大久保 俶 住 福岡市薬剤師会会報は7月に発行された夏季特別号で第24号となる。今回から会報、広報が一本化されて福岡市薬剤師会会報として再スタート奇数月に年6回発行されると言う。 恩恵に浴する我々会員にとっては会誌の充実と発行増は大歓迎であるが、編集の御苦労を考えるとき、唯頭が下る思いがする。 今度「会報を読んで」のテーマで原稿の依頼を受けた。しかるにその編集の苦労が並大抵ではないことが判っているだけに、無責任に感想文など書けるものではないとお断りしたのであるが、よりベターな会誌とする為に是非と言われここは私情を排して以下感想を述べることとする。 普段何気無く読む会報も感想文を書くべく読み返してみると編集の苦労以外に随所に編集の気配りがみられ、編集の苦労が更に肌で感じられるから不思議である。 手元に日本薬剤師会雑誌、福岡県薬剤師会会報、福岡市薬剤師会会報がある。 我々会員が会の運営を知る上で重要な会報である。日薬雑誌は学術的知識と会の運営について全国的な視野で、県及び市の会報は地方、地域的な視野で身近な情報、知識を供給してくれる。従って市薬会報はよりローカルで身近な話題が必要となる。それだけに泥臭い話題も時には必要となってくる。 夏季特別号での石井道子後援会名簿獲得の上位会員名の掲載並びに関連記事は、石井道子再選にかける熱意をヒシヒシと感じると共に、あえて泥臭い部分にも踏み込んだ勇気と決断に敬意を表したい。 因に市薬会報のこの試みに呼応し県薬会報でも後援会名簿100名獲得会員名を掲載すると聞いている。また福岡市薬剤師会政治連盟が発足した現在、政治連盟専門のページも必要ではなかろうか。 次に私達会員にとり一番大切で関心のある会の運営に関する記事について触れてみたい、会報については、会議報告、委員会報告等で充分な報告がなされている。唯その内容からは執行部の考え、会員への要望等は知るすべもない。幸い夏季特別号では古賀会長の巻頭言で現在の会の問題点を充分に理解することが出来たと思う。会報である以上常に執行部が何を考え、何をなさんとしているかを知らせる義務があると思う。毎号編集に当っては特に留意願いたい。会員がトップの考えを理解してない組織ほど惨めなものはないのである。 最後に二ケ月に1回の発行に当っては相当の経費を要すると思われる。ページによっては行間を狭くしたり、文字を小さくする工夫も必要である。また裏表紙等への広告宣伝の採用も経費節減になるのではなかろうか。 我々会員にとって、最も身近な薬剤師会とのパイプのひとつが会報であるならば、編集に当っては諸々の意見もあるかと思うが、その意見が会報をよくする為のものであれば常に積極的に取り上げられよりよい会報が末長く続く事を祈念するものである。 最後に「継続とは力なり」とか編集に当る皆様の御苦労に感謝の意を表し筆を置く。 会員のひろば 「私と急患センター」 急患委員会委員 打 越 美千代 私が急患センターに出動を始めてから、約6年がたちます。出動の動機は、私の薬剤師としてのスタートラインに遡ります。 大学を卒業して郷里に帰った私は、半年間病院に勤務しました。その病院は外科で、救急病院でもありました。まだ薬剤師としての経験も知識も、半人前にも満たない私でしたが、そこでの救急医療の印象は、とても強烈なものでした。交通事故で運ばれてくる人、けがをしてとび込んでくる人、そして、それらに冷静に手際よく対処していく医師や看護婦……。その後、もう少し薬の勉強がしたくて、市内の調剤薬局に勤務するようになり、数年がたち、仕事にも慣れてきたころ、急患センターへ出動するようになりました。薬剤師として救急医療の場で働いてみたいと思っていたからです。 また、急患センターに出動することで、いろいろな立場の薬剤師の人々と、一緒に仕事をしたり話してみたいと思ったからなのですが、振り返ってみると、その成果は大いにあったと思います。 ここまでは、出動するための急患センターということで書いてきましたが、実は、私は患者として、それも真夜中に、急患センターに行ったことがあります。それは出動を始めてしばらくしてからのことですが、日曜日の夜、福岡市の東のはずれで、車が故障して動かなくなり、電話をかけに行こうとして、車を降りたとたん、右足をひねってしまったのです。「泣き面に蜂」とはこのときのことをいうのではないでしょうか。やっとのことで兄に迎えにきてもらい、急患センターに辿り着いたのは、夜中の1時を過ぎていたと思います。診察の結果は、右足骨折。手前味噌ではありますが、この時の急患センターのスタッフの人々は全員、大変親切で、痛みでひきつっている私には、まさに「地獄で仏」の心境でありました。 このことがあって、私は、急患センターの存在は、その利用する人の数だけでは計り知れないものがあるということを再認識しました。 また、小さな子供をもつ私の友人たちからも同じようなことを聞くことがあります。 今は、人生の中休みとばかりに、仕事をやめて主婦している私ですが、急患センターへの出動は、私が薬剤師である限り、続けていきたいと思います。 会員のひろば 「薬剤師会に期待する」 千代吉塚部会 叶X川誠心堂薬局 森 川 公 雄 7月9日,10日の両日、私が所属しております千代・吉塚部会では、天ヶ瀬温泉に1泊2日の小旅行を楽しんできました。部会での旅行などというのは、最近では珍しいことだそうですが、大変楽しく、また有意義な旅行となりました。参加者は総勢10名。全員男性で、一番弱輩の私から一番年輩の須原先生まで年令の幅は約50年。こんな一行が3台の車に分乗しまして、酒や歌、御馳走や湯を介しての、珍道中でした。 一番弱輩者の私としましては、大先輩ばかりの中に入っての旅行ということで、正直いって不安も多少あったのですが、どうして、どうして、特に御年輩の先生方のバイタリティ溢れる若さには驚くばかりで、またみなさんの、世代を排した温かいおつきあいに接して、そんな不安もふっとんでしまって、本当に楽しい時を過ごすことができました。 これだけ世代の違う者同志が、同じ地域で同じ業種に関る者という接点だけで、これだけうちとけあって楽しむことができるというのは、本当に素晴しいことではないでしょうか。また、それだけ同じ生業を持っているという接点は、人間にとって大きなものであるということを再確認することができました。 ところで、以前から、薬剤師会員相互の関係が希薄であるとか、支部総会の集りが悪いとか、部会も会員が集まらないので、満足に開けないなどということが、よく言われています。参加しない方々には、時間がないとか、参加するメリットを感じないとか、それぞれ様々なお考えがあるのでしょうが、今、我々の業界には、個人個人のレベルでは解決し得ない、たくさんの問題が山積みされているということに、もっとみなさんが危機感を持つべきではないでしょうか。 その中には、例えば、政治的レベルの問題もたくさんあります。そういった政治レベル、国家レベルの問題は、特に薬剤師会を介して、会員相互団結して立ち向わないとどうしようもないのです。また、そんな政治レベルの問題も含めて、今、我々の業界は過渡期であり、経済的レベルにおいても、久しく低迷しているといわれています。 つまり、そんな低迷している器の中で、個々の店や薬局が、自分の店や薬局のレベルでだけで競争し合っても、結局つまらないんじゃないかと、私は思うのです。今は、みんなで頭を寄せ合って、業界全体の底上げに協力して、もっともっと大きな器を作り上げて、その大きな器の中で自由に競争できるような業界を作り上げる時期ではないでしょうか。 もちろん私なんかには、具体的にどうすればいいのかなどという考えは、思い浮かぶべくもないのですが、ただ、みんなが業界や薬剤師会全体のことにもっと関心を持って、とりあえず、集まるときには集って、まず会員相互が顔見知りになって、いろんな人のいろんな考えを聞くということぐらいは、誰にでもできるし、また、やらなければならない最小限のことではないでしょうか。もちろんこれは、開設者の先生方ばかりでなく、勤務されている薬剤師の先生方にもいえることと思います。 全く、私のような弱輩が、えらそうなことを書いてしまいまして、諸先生方には、お叱りを受けそうで恐縮しておりますが、今回の旅行を通じまして、もっとみんな団結できる仲良くなれると感じましたことを書こうと思っておりましたら、なんだか話が大きくなってしまいました。お許し下さい。 フレッシュさん紹介 「社会人としての薬剤師感」 朝夕も涼しく感じられるようになり、さわやかな季節となりました。私も社会人3年目を迎え、毎日元気で仕事に取り組んでおります。そして、社会人としての大変さを感じています。 働き出すと、まず時間の余裕が非常に少なくなりました。学生時代は、無理矢理用事を作って暇をつぶす様な暮しをしていたのですが、現在では、短い自分の時間をいかに有効に使うかを考えなくてはいけなくなってしまいました。皮肉なもので、働きだすと、勉強の必要性を痛感するようになり、専門書を読もう、とか、業界雑誌等を読もうとか思うのですが、なかなか思うにまかせません。できるかぎり講習会などに出席させていただきたいと思っています。 また、薬剤師という専門職とはいえども、一社会人としての、一般常識、礼儀、マナー等の習得の必要性があるのではないかと思っています。 どうも私自身にもいえることですが、同年代の他業界の人々と比べるとそれらの点でわりと劣っている様にみうけられます。我々薬剤師は閉鎖的な社会で職をとっていますので、ついついひとりよがりになりがちみたいです。ですから自分から進んでそれらのことを身につけようと思わなければいけないみたいです。 そのためにも、ビジネスマンや他業界の人々との接触を積極的に行なおうと努めて、そして自己啓発の時間をできるかぎり作って、専門バカにならない様にしなければいけないと思っています。 あと、学生時代と大きく違ってきた点は、運動をするチャンスになかなかめぐまれないという事です。以前ですと、体育の授業、クラブ活動、サークル等で何かと機会があったのですが、なかなか働きだすと、そういった機会が少なくなってきました。しかしやっぱり汗をかきたくて、この4月より、高校時代に少しかじったことのある、バレーボールのチームに参加しています。月2回の練習ですが汗だくになって頑張っております。 やっぱり汗をかくことは、非常にさわやかなもんだと改めて感じています。動かしなれていない体ですので、試合の次の日ともなると、がたがたになってます。それでも、いい気分転換になってるみたいです。余談ですが運動後のビールの味もまた格別です。残念ながら試合の方はいまのとこ出ると負けですが早いとこ勝利の美酒を味わいたいものです。 その他自分の時間がある時は、ふらっとどっかに行ったりしています。この夏はふらっと瀬戸大橋に行ってきました。世界にほこる橋ですので、さすがに見るべきものはありました。橋自体もすばらしいのですが、それをとりまく、瀬戸内の風景、漁村等の様子なども風情があり、美しいものでした。聞いたところによると、魚も大変おいしいらしいです。瀬戸内名物のしゃこ酢、ままかり酢などでいっぱいやると最高ではないでしょうか。こんど暇ができたら、どこへ行こうかと、今から考えています。 最後になりましたが、諸先生方には、これから先、色々と迷惑をおかけすると思いますが今後ともよろしくお願い致します。 できるかぎり、薬剤師会の発展に協力させていただきたいと思います。そして早く身心ともに一人前になりたいと思っています。 部会紹介 「千代吉塚部会について」 4月に開催される(社)福岡市薬剤師会通常代議員会総会に於いて、例年、市薬会費納入の早さで表彰される千代吉塚部会とは、一体どんな部会なのでしょう。 部会は13名の部会員さんで構成され、県薬会長の荒巻先生は、ここの部会員さんです。部会長の山口先生に伺いますと、一ケ月に一万円の会費を徴収してあって、部会財産が、100万円あるから、今度“天ヶ瀬温泉”に一泊旅行をするということでしたので、その旅行記を書いていただきました。 ある会員さんから、特に夜の行状については、詳しく、正確に書いてもらってくれとの要望がありましたので、その点を特にお願いしましたが、如何でしたでしょうか……。 信憑性はともかく、本当に楽しい旅行だったようですね。 これからも、部会紹介を続けてゆきたいと思っておりますので、部会長の先生方、どうぞ宜しくお願いします。 「数十年振りの部会懇親旅行」 千代・吉塚部会 部会長 山 口 利 英 部会のたびに話題になっていた部会懇親旅行を7月9日〜10日の日程で天ヶ瀬温泉で行いました。 当日は部会員13名の内都合により参加できなかった3部会員を除く10薬局の先生方が参加されました。 集合時間前には先生方が集まられ、時間どおり森川誠心堂前を岸田,鶴原,森川の各先生の車で出発し無事予定どおりホテルにつきました。ホテルは折りからの温泉ブームで満室の状態で仲居さんも忙しそうで、なかなか相手をしてもらえませんでした。 ◆たいへん盛り上がった懇親会 懇親会は六時半から始まり山口部会長より部会報告があり、部会長老でもあり、この程叙勲を受けられた須原先生から挨拶を受け、梅原先生の乾杯の音頭で始まりました。 料理は少し贅沢するつもりで「特注」しましたが、期待に応られなかったのではと少し残念でした。しかし皆さんの盛り上がりのなかで「特上」の料理へと変身したようでした。 会場では予想どおり先輩の先生方からは昔の楽しかった部会の様子などいろいろ聞かせて頂き、昔を知らない部会の先生方は非常に興味をもたれたようでした。 時間が経過するほど座は一層盛り上がり、最初にマイクを握ったのは藤野先生でした。とても上手で若い(?〉先生方はびっくり、藤野先生の歌が終わるやいな次から次と各先生方の歌が続きマイクの休む間も無い程で、薬剤師会の集まりと言うよりは「音楽学校」の同窓会?では、と錯覚するくらいでした。特にびっくりするやら感激させられたのは須原先生が「琵琶湖周航の歌」を絶唱された時です。 楽しい宴も9時に終わり、二次会に移りました。二次会場は高崎先生や藤野先生が泊まられている部屋でのマージャン大会とホテルのスナックと名の付いたフロアー(スナックには女性はいなくて番頭さんが着替えてマスターの役で再出演)で、これまたカラオケパーティーを11時まで続け、おなかがすいたので外に出てチャンボンを食べ部屋に戻ったのは12時過ぎ、それから若い者(?)は川原の露天風呂へ、だれも入って居なくて残念でした。残念を胸にこのグループは2時前には就寝しました。 一方、マージャン組はまだ明かりが光々、おむすび片手に朝4時すぎまで、勝負はドロー、つぎの朝眠そうな目で朝食(おつかれさまでした)。 ◆酒蔵がカラッポ?! 懇親会の二時間半に飲んだ酒なんとビール30本,酒三升それに焼酎五台、これには幹事もびっくり、これでも途中でオーダーストップしたのですよ。だれが飲んだってみんなですよ!本当に大丈夫だろうかと心配した位です。お酒がいけるってことはみんな楽しかったということです。二日酔いの先生が居られなかったことが不思議です。みんな強いのですね。 ◆来年は何処にしようか? もうすでに来年のことが話題になっています。忘年会の時話し会いましょう。それまで考えておいて下さい。 ◆お勘定は 今回の費用は部会費(月1万円)の中から出しました。当初予定より5千円程オーバーしてしまいました。(幹事失格) ちなみに今回の旅行で長年貯めてきた部会会計も底が見えそうになってきています。来年の旅行のためには特別会費が必要になるのでは?(来年参加を予定されている先生方、「特別会費」の了解工作を早々と奥方へしていた方がよいのでは)この件もつぎからの部会の議題にしておきましょう。 トピックス市薬 学術委員会 ◆経口補水液投与による循環血液量の変化 脱水に対し電解質溶液の経口投与が、簡便で、しかも有効な治療法として注目されている。一方、補液の目的は血液量の維持である。最近、ラットにおいて補液により血液量がどのように変化するかが報告された。 血液量の増加速度は、0.9%NaCl(生理食塩液*)群に対し、0.45%NaCl+2%グルコース(共に等張液である生理食塩液と5%グルコース液を約半分ずつ混ぜたもの*)が、最も速い血液量の増加(約3倍*)を示し、次に市販の経口補水液(ポカリスエット)、1.8%NaCl液(約2倍*)の順であった。また、水道水,5%のグルコースは、0.9%NaCl と同等であった。 血液量の平衡に達する時間も、0.45%NaCl+2%グルコースが最も早く(約1/2*)、次に市販の経口補水液であったが、1.8%Na.Cl液は、0.9%NaClより遅くなった。 ◆日本で市販されていな抗寄生虫薬の入手法 近年、わが国と熱帯諸国との交流が頻繁になるにつれて熱帯病の輸入症例が増加し、その医療対策が重要になっている。とくに原虫と嬬虫に対する有効性の高い治療薬の入手が困難なたの、厚生省の「輸入熱帯病の薬物治療法に関する研究班(注)」により、次の薬品が治験薬として確保された。 レゾヒン,アラレン(クロロキン),キニーネ注,ファンシダール,プリマキン,ロミジン(ペンタミジン),アテプリン,ゲルマニン,デヒドロエメチン注,ペントスタム,フアジン,ビルトリサイド,ベルモックス,ミンテゾール,ランピットの15種類である。 ◆昆布摂取によって誘発された甲状腺中毒症 1984年〜1987年までに頚部異常感を訴えて来診した症例中、毎日昆布を過剰摂取した20〜72才の43例中、8例に、昆布多食による甲状腺中毒症状(ITT)がみられた。 ITTと診断された8例の内訳は39〜59才の男性1例,女性7例で、摂取したヨード計算量は8.3−141mg/day(平均34.0mg/day)で、2−30年(平均10.4年)にわたっていた。 臨床所見は、びまん性甲状腺腫5例,結節甲状腺腫2例で、他の1例は甲状腺腫は触れなかったが、中毒症状は昆布摂取中止1−3ケ月(平均2.0ケ月)後に消失した。 長期のヨード摂取でも機能抑制は示さず、摂取の中止により中毒症状の消失も急速であることなどから、甲状腺ホルモン合成調節に一時的な乱れが生じて、ITT病態を形づくったものと考えられている。 ◆経皮吸収硝酸薬の使い方 一耐性の発現とその対策一 硝酸薬が経皮的に吸収されることは古くから知られていたが、最近になって持続的な抗狭心効果ないし血管拡張効果を期待した、新しい経皮吸収硝酸薬製剤が開発されつつある。(ニトログリセリン.バソレータ軟膏;硝酸イソソルビド,フランドルテープ)一方、ここ数年硝酸薬耐性が問題となり始めたが、この耐性が作用持続時間の長いものほど顕著であることが米国で報告された。 耐性が報告されたのは、我が国では発売されていないニトログリセリンのパッチ製剤(24時間以上持続)で、軟膏(6時間持続)では効果の滅弱は認めないと報告されている。一方、イソソルビドのテープ(24時間以上持続)では今のところ耐性の報告はないが、8〜12時間の無硝酸薬時間を設けた間欠使用法により、耐性発現を予防できると考えられている。 点 描「新聞の投稿記事について考える」 市薬広報部 <新聞は 疑って読むに しくはなし> 8月12目付、朝日新聞声欄に載った中島先生の「医薬分業に薬剤師も一役」という言己事をお読みになりましたでしょうか。この記事を会報で取り上げたいと思い、中島先生にご連絡致しましたところ、この記事は、当初意図した趣旨が充分に伝わっていない。又新聞社の方で勝手に書き替えている(題名とも)ので、ニュアンスが変り残念であったということでした。 そこで、中島先生が最初に投稿された原稿,新聞社より短くして欲しいという要望で、書き直された原稿、それを更に新聞社が書き替えた記事の全文を掲載しますので、読み比べて下さい。そうすれば中島先生の意図された趣旨、及び新聞の投稿記事がどのようにして作られたかが、お分りいただけるでしょう。と同時に考えさせられる問題があります。
7月14日付、柴田伊津郎先生の投稿記事 「薬剤師は医師の処方は批判せず」に対する反論として、「処方批判ができる薬剤師を望みたい」(北九州市 会社員 沢田宗夫)、更に、これに対する反論として、「医師任せではない薬剤師の仕事内容」(福岡県 薬剤師 石丸和憲)という投稿記事(県薬会報参照)が相い次いで載りました。反論の記事を含めて、はたして、これらの記事は筆者の意を充分尽した文章であったのか、もしかして書き替えられた点はなかったのか、と一抹の疑問を感じます。そこに、一編の言己事だけを見て反論する、或いは批判することの難しさを痛感した次第です。この件に関すると感想ご意見がありましたら広報部までお寄せ下さい。 「医薬分業における薬剤師のあり方」 春吉部会 椛セ陽薬局中島 英之 私は福岡市中央区で、8年前に調剤薬局を開設して、医薬分業の発展と薬剤師のあり方に深い関心を持って、理想の調剤薬局、薬剤師像を目指して微力ながらがんばっている一人の薬剤師です。7月9日の朝日新聞夕刊の一面記事、そして7月14日の「声」欄の柴田氏、7月19日の沢田氏の御意見を興味深く読ませていただきました。お二人とも核心を得た御発言だと思いますが、やや誤解があるように思う。 まず柴田氏は、9日の記事の中のイラストで薬局の人が、「安物だなぁ」と発言していると捕えておられますが、イラストをよく見ると、発言しているのではなく、そのように思っただけで、発言内容までは、イラスト中に記載されていない。 このようなことは、私もしばしば経験することであるが、発言を慎むべき言葉だと思っている。処方内容に疑義があれば、その場で医師にTELなどで照会して、その点を確認して、訂正すべき点があれば、それを求めることは当然必要である。 しかし処方内容を十分に検討することなく、患者の前で、軽卒に批判めいた発言をすることは、却って患者に不安を与えることになって、治療に混乱を来たすことにもなりかねないので、薬剤師として慎むべきで、その言葉には、細心の留意が必要だと思う。これは沢田氏が指摘されているところの薬剤師の医師に対する立場云々とは、次元の異なる問題だと思う。私は沢田氏の指摘される問題点の解決に、次のような方法をとっている。 私は、昨年10月の九州山口薬学大会での医薬情報部会で、「医師に対する医薬品情報の活用」のパネルディスカッションでも発表したが、先述の処方内容についての照会のTELも、一旦、患者の前から席をはずすなど留意し、緊急を要しない点については、診療終了後、医師とディスカッションしている。 薬剤師の行なう調剤業務には、処方鑑査(処方内容に問題点がないか?調べる)、薬剤調製(薬を調剤する)、服薬指導(患者が薬を正確に服用できるように指導する)の3点があるが、私は、定期的に医師と会って、薬の専門家として薬剤師が、薬の一般的な情報や服薬指導する中で、患者から得られるいろいろな情報についてディスカッションして、従来医師のみが行なっていた処方設計(薬の処方を考える)の段階にまで、薬剤師が進出すべきだと思う。これが沢田氏の指摘されていることの解決法の一つになると思う。
私は薬局を開設して8年間、このことを実行して、患者にとって有益で感謝される薬局、薬剤師を目指して努力している。これが、真の医薬分業の発展につながる、と信じている。 「医薬分業における薬剤師のあり方」 食品の添加物や残留農薬などに、多くの人が敏感になっている。薬についても、半端な知織で、怖いとか、なるべく飲まない方がよいとか先入観念を持って、自己流の飲み方をしては、薬が効かないとか、治らないなど、不満を訴える人が多い。私は調剤薬局の薬剤師として、患者の立場に立って、次の4つのことを実行している。 @医師の処方内容に疑義があれば、電話などで照会して、その点を確認して、訂正すべき点があれば、それを求める。(処方鑑査)もちろん、患者の前での軽卒な批判めいた発言は、却って、患者に不安を与え、治療に混乱を来たすことにもなりかねないので、絶対に控えるべきで、患者への発言は細心、の注意を払う。A正確に調剤する。(薬剤調製)B患者が安心して、正しく服用、使用できるように、患者の性格や生活習慣などを考えながら指導する。(服薬指導)C定期的に、頻回に医師と会って、薬の情報や、服薬指導する中で、患者から得られるいろいろな情報を医師と話し合って、従来、医師のみが行っていた「処方を考える」段階にまで、薬の専門家としての薬剤師が発言して進出していく。(処方設計) このようなやり方を続けていると、わざわざ遠くから相談に来られる患者さんも増えたりする。「おかげさまでよくなりました」という喜びの声を聞くと、薬剤師としての誇りと責任を感じる。こうしたことが、真の「医薬分業」の発展につながる、と信じている。 「医薬の分業に薬剤師も一役」 食品の添加物や残留農薬などに皆さん敏感になっている。薬についても、怖いとか、なるべく飲まない方が良いとか、効かないなど、不満を訴える人が多い。私は、調剤薬局の薬剤師として、患者の立場に立って次の四つのことを実行している。 @医師の処方に問題点があれば、電話などで照合し、必要ならば訂正を求める。(処方鑑査)。患者の前で、医師の批判めいた発言は、患者に不安を与えるので控える。A正確に調剤する(薬剤調製)。B患者が安心して、正しく服用できるように、患者の性格や生活習慣を考えながら指導する(服薬指導)。C定期的に医師と会って、薬の情報や、患者から受けるいろいろな注文を交換する。従来、医師のみが行っていた「処方を考える」段階まで、薬剤師が関与する(処方設計)。 このようなやり方を続けると、わざわざ遠くから相談に来る患者さんも増えたりする。「おかげさまでよくなりました」という声を聞くと、薬剤師としての誇りと責任を感じる。こうした方針を貫くことによって、医薬分業の発展を図りたいと思っている。 朝日新聞へ厳重抗議 松田市医会長は上記申し入れの折、去る7月9日付朝日新聞記事を取り上げ、県医を通じて日医より朝日新聞本社へ厳重抗議するよう文書をもって申し入れた。 その文書の大要は、@医師が患者へ投薬説明をしないのは薬価の安い「後発品」を投与し、高価な「先発品」を渡したようにして保険請求をなし、その差益を得るためである。A記事中のイラストは患者に不安感を植えつける薬剤師が描かれている。 以上のことは、医の倫理を根底から否定するものであり、医師並びに薬局と患者との信頼関係を阻害するものである。 日医、朝日新聞の薬の記事で訂正を強く申し入れ −「開業医が“ゾロ”を使い薬価差益でもうけている」という表現に− 松田一夫会長は7月19日、県医の桜井会長に会見し、朝日新聞本社へ日医より厳重抗議するよう文書をもって申し入れた。これを受けて日本医師会は8月9日開いた常任理事会で、朝日新聞の7月9日(土)夕刊1面「患者に渡す薬、医師は説明を」という見出しの記事の中で、 広報担当の松石常任理事は、「8月9日付朝刊に、村瀬常任理事の『開業医は医薬品について正当な方法で仕入れ、処方しており、その内容について隠し立てをするようなことは全くない。従来から治療上差し障りのないケースについては医薬品の内容を説明してきており、患者の側もより積極的に尋ね、対話をはかってほしい』とのコメントをのせているが、記事全体の論調は日医の申し入れに対して訂正を行っていない」と述べ、今後は日医ニュースで日医の考え方を明らかにするとともに、朝日新聞側にも再度、訂正記事の申し入れを行っていくとしている。 広 報「“よかトピア”三師会主催 パビリオンについて] 市薬広報部 昭和64年3月17日から9月3日まで約半年間に亘って開催されるアジア太平洋博覧会に福岡市三師会が主催者として出展することが2月末にプレス発表された。 過去に開催されたいづれの博覧会においても三師会が主催したパビリオンは無く、その点非常にユニークなものとして注目され、博覧会協会も一生懸命にこのパビリオン作成にとり組んでいる。 以来数回に亘り出展議会総会ならびに実行委員会が開かれ、パビリオンの構築に向けて着々と準備が進められて来た。 出展者全組織の最高決議機関として総会があり、これには三師会の会長,副会長クラスの人達がメンバーとなっている。薬剤師会からは古賀会長,竹尾副会長,藤原専務理事が、これに参加している。又、実際的な企画,立案をする場として実行委員会が設けられ、市薬からは松枝,藤下常務理事と城戸理事がそのメンバーとなっている。 パビリオンのハード面の計画はすでに決定し、床面積8,012uのエアードーム方式で建設されることになった。内部は4つに区分けされ、第1ゾーンは“生命の誕生”をテーマに動物の赤ちゃんをマルチモニターで写し出し、ここはメインとなる第2,第3ゾーンへの導入部となる。 第2ゾーンは座席100程度の双方向シアターで観客がストーリー作りに参加しながら主人公と一緒に物語を進めて行くという演出になる。ここは主として小学生高学年およびそれに伴うファミリーが対称となる。 第3ゾーンは“生命を守る”をテーマに三師会の主張を盛りこんだメディカルゾーンとして展開される。ここの目玉は健康ロボットでオプトビジョン方式で健康や身体について語りかけるようになっている。もう1つは三洋電機が最近開発したばかりの立体ビジョンでこれは日本での初公開になるものである。これに健康や薬などに関するソフトを入れて供覧することになっている。 パビリオンを象徴する名称については最初プレスに対する出展表明の時点では“健康いきいきランド”(仮称)としてスタートしたが、その後、いろいろな観点からさまざまな意見が続出し、二転三転した。8月9日に開催された総会・実行委員会合同会議において“健康いきいきドーム”に決定した。これはパビリオンがエアードーム形に決まった事をうけて、エアードームが後楽園の東京ドームで一躍有名となったのでパビリオンそのものも売りものにしようという意図で命名されたものである。 第1,第2,第3ゾーンに関するソフト面は、三師会の意見を盛りこみ乍ら、電通と博報堂の精鋭たちが、目下作業に取りくんでいるところである。 尚第4ゾーンは最大の協賛者である玉屋デパートの物販ゾーンである。 以上、これまでの経過をふまえ乍ら、過去数回に亘る総会,実行委員会で話し合われ、決定された事をお知らせした。 会 議 報 告 第186回理事・監事会
日 時 昭和63年7月20日(水) 午後7時 1.会長挨拶 2.報告事項 3.委員会報告並びに協議事項 4.協議事項 第2回部会連絡協議会
日 時 昭和63年7月23日(士) 午後5時30分 議 題 石井道子後援会について 質 問 ▲森田春吉部会長 答 ▲高杉博多支部長 質 問 ▲竹尾副会長 答 ▲吉田西支部長 報告事項 藤原専務理事 各委員会よりのお知らせ 委 員 会 報 告 〔組織委員会〕 日 時 昭和63年7月8日(金) 午後7時 日 時 昭和63年8月4日(木) 午後7時 (組織小委員会) 〔社保委員会〕 日 時 昭和63年8月4日(木) 午後1時 〔急患委員会〕 日 時 昭和63年7月26日(火) 午後6時35分 日 時 昭和63年8月3日(水) 午後6時40分 〔学術委員会〕 日 時 昭和63年7月13日(水) 午後6時30分 日 時 昭和63年8月10日(水) 午後6時30分 〔薬局委員会〕 日 時 昭和63年8月23日(火) 午後7時15分 〔広報部会〕 日 時 昭和63年7月6日(水) 午後6時30分 日 時 昭和63年8月18日(木) 午後7時 〔試験センター準備委員会〕 日 時 昭和63年8月20日(土) 午後2時 第1回会館建設プロジェクト委員会 日 時 昭和63年7月28日(木) 午後7時 第2回会館建設プロジェクト委員会 日 時 昭和63年8月12日(金) 午後2時30分 第3回会館建設プロジェクト委員会 日 時 昭和63年8月24日(水) 午後2時30分 事 業 報 告 〔薬物療法研究会〕 日 時 昭和63年7月19日(火) 午後6時30分 〔学術研修会〕 日 時 昭和63年8月17日(水) 午後6時30分 高齢化社会が急速に近づくにつれて、脳機能の低下した老人の増加が社会問題となってきている。このような状況を受けて、脳代謝改善剤(6月22日),脳循環改善剤の2回の薬物療法研究会と、痴呆の病態の学術研修会をシリーズで行なってきたが、その概容を記して事業報告に代えたい。 加齢と共に脳の循環血液量が低下することや、循環血液量の低下と痴呆の症状に相関があることなどから(図参照)、老人性痴呆の治療薬として脳循環改善剤が多く用いられている。 脳循環改善剤の主な作用機序は脳血管の拡張であり、最近、血圧低下などの全身性作用が少なく、脳血管に、より選択性のある薬剤が開発されてきた。それらの中には血小板の凝集や粘着を抑制したり、赤血球の変形能を増強して、脳の血流をより改善する作用を持つものも現われてきた。 脳の血流が脳の機能に多く関与する理由は、血流が脳にブドウ糖や酸素を送り、刺激の伝達・伝導に必要なエネルギー産生の源となっているからである。この作用を増強させる薬剤が脳のエネルギー代謝改善剤であり、ブドウ糖の脳内移行を促進したり、脳神経細胞内のミトコンドリアでATPを産生する薬剤などである。 脳の機能改善は、そのエネルギー代謝の促進によって起こる神経伝達物質の生合成や分泌およびそれらの再吸収抑制など、神経伝達物質の代謝改善により、臨床の諸症状の緩和となって表われてきている。 しかし、まだ神経伝達物質と臨床症状との関連について、未知な部分も多く残されており、それらの解明と薬剤の開発、またポジトロンCTによる画像診断など診断方法の確立、さらに脳循環を促進させ、脳の萎縮を予防する方法の積極的な推進など、総合的な対策に期待が寄せられている。 〔薬局薬剤師研修会〕 日 時 昭和63年7月7日(木) 午後7時 〔漢方研究会〕 日 時 昭和63年7月26日(火) 午後7時 「女子薬研修会並びに石井道子議員を励ます会」開催 福岡県女子薬剤師会では下記の通り秋期研修会を開催し、あわせて石井道子参議院議員を励ます会を行った。 記 日 時 昭和63年9月4日(日) 午後1時〜4時30分 会長挨拶 本日はせっかくの休日のところを女子薬研修会に多数お集まり頂きありがとうございました。又、第一薬科大学教授の都築先生にはお忙がしい中を私共の研修会のために心よく講師をおひきうけ頂き、高いところからではございますが厚くお礼申し上げます。 さて、地域医療の中に薬局、薬剤師が明記されて二年たちました。この中で薬剤師が、どう職能を発輝していくか、又社会からどのような評価をうけるかが非常に重要な問題になって来る。医療の中で薬剤師が適正な地位を獲得するためには、日進月歩の医学,薬学の知識に遅れをとらないようにする事も大切である。医療法改正の中で卒後教育,研修が義務づけられ、日薬でも年間100時間の研修をうち出している。県薬でも生涯教育記録表を作成して各自で研修記録をつけるようになっている。このためにも最近は各地域の薬剤師会においては研修事業が非常に盛んになっている。女子薬主催の研修会は年に1.2回しかもてませんので、各地域薬剤師会の主催する研修会にも積極的に参加して頂きたい。 又、本日は研修会終了後に石井道子参議院議員を励ます会を行います。ただ今石井道子議員は苦戦をしいられている様子である。県薬を通じて後援会員の獲得作戦を展開中であるが仲に、思うようにははかどっていない。又、女子薬では独自の後援会組織である「道の会」に、皆様に御入会頂くようお願いしているところである。これには3千円の会費が伴いますが、石井議員に対して物心両面から応援をしようというわけである。7月22日付で環境政務次官になられました石井議員は国会の場で一生懸命頑張っていらっしゃいます。私達も出来る限りの応援をして是非上位当選をして丁貢きたいものである。 励ます会をやることもランク付けに大きく影響するとの事で本日はどうぞ最後まで御協力をおねがいします。 講 演 石井道子参議院議員を励ます会 (午後3時30分〜4時30分) 1.遠藤政夫参議院議員挨拶 励ます会には、雨の中にかかわらず121名(女子薬会員75名,市薬関係者46名)の出席を得て、盛会裡に会を終了することが出来ました。当日石井道子議員は公務のため出席がお出来になりませんでしたが、研修会あてに祝電を頂きました。又、太田議員からはお祝いと祝電を、遠藤議員からもお花を頂だい致しました。 市薬会員の方々にも大変御協力を頂きました事に厚くお礼申し上げまして、報告を終ります。 挨拶要旨 1.荒巻県薬会長 環境政務次官就任の知らせは、丁度石井議員が福岡県薬にいらっしゃった時に、東京から電話が入って大喜びしました。それ位石井先生と福岡県薬とは縁があって、石井先生も福岡県薬を非常に頼みに思ってありますので、是非頑張って下さい。 2.古賀県薬副会長 一にも二にも、後援会員獲得しかありません。県薬目標20万で、まだ達成率30%です。 選挙というものは、再選はた易いが、新人が当選するのは非常に難かしいものです。 19年振りに得た唯一人の薬剤師議員です。どうしても再選を果たしてもらわねばなりません。1会員100名を是非頑張って下さい。 最後に古賀会長が音頭をとり、全員立上がって右手を上げ「石井道子後援会頑張ろう」と気勢を上げた。 やるっきゃない!後援会−もう時間がありません− 「なんや、お前 ま−だしようとや?」 ・お土産は 名簿でいいのよ お父さん 市薬目標は6万名です。 選挙に弱い薬剤師会と言われますが、少なくとも福岡市薬には、絶対に組織力も団結力もあると思います。 その証拠に、よかトピアの前売入場券も、無理かなあと心配していましたら、なんと最後の一ケ月で完売してしまいましたし、党員党友も達成率124%と、県薬支部の中でトップです。後援会も、市薬広報の5月号では、わずか5,614名だったのが、夏季特別号では18,137名に、そして、9月号では25,930名にと着実に増えてきています。 「古賀先生、会長挨拶の中に、シャロウ議員とか、シャロウ委員でなければと言う言葉がよく出てきますが、シャロウって一体何の事ですか?」と質問する位の政治音痴の私ですが、執行部の先生方が一生懸命なのを見るにつけ、こりゃーどうあっても100名集めないかんかなと思いました。 子供の友達が遊びに来たら「おーっ、後援会が遊びに来たね」とついニタリ、久し振りの友の来訪にも「あーっ、いいところに来た来た」と、まず後援会の名簿がチラック。 1日3人で1ケ月で100人なんだから、なんだ簡単じゃないのと思いますが、なかなか、そう簡単にはいきませんね。でもお願いしてみて、ことわられた人はありませんでしたね。 ・お中元 なかに名簿の 用紙入れ もう750名は集めたんだし、私が一人二人お願いしたところで、この集計結果を見たら焼け石に水なのではないかとも思いますが、この一人二人の積み重ねが、大きな数になるんだからと思い直して、今もコツコツ続けています。 それに、皆んなが後援会名簿100名を集めさえすれば石井道子先生の当選が可能なのなら、なんとしても、やるっきゃないんじゃないかな……。 ましてや、この7月22日に環境政務次官になられた先生を、落選させてたまるものですか。本当に、二度と泣きたくありませんもの。 ・後援会 会長の笑顔 いつ見れる つや一に
よかトピア前売入場券講入について 福岡市薬剤師会 会長 古 賀 隆 昨年の11月福岡市衛生局より5,000枚の割り当てを受け、本年1月の発売時より、この販売につきましては大変苦慮致しておりました。会員の先生方には再三再四のお願いで、無理など負担をおかけした面もあったかと思います。 7月末日、お陰をもちまして完売することができました。会員の先生方には厚く御礼申し上げます。又御協力いただきました支部長,部会長,勤務部会,県薬各支部及び関係各位に対し、感謝申し上げ御礼とご報告に代えさせていただきます。
叙勲おめでとうございます 勲 五 等 瑞 宝 章 須 原 勇 助 先生 千代吉塚部会 千代薬局 このたび、春の叙勲に際し、須原先生が郵政事業に貢献されたことによって、栄えある勲五等瑞宝章を受章されました。この受章祝賀会が8月6日(土) ホテルニューオータニにおいて行われ、古賀市薬会長が出席されました。 なお、須原先生は、福岡県商組副理事長、福岡地区医薬品小売商組副理事長、福岡市薬剤師会副会長を歴任され、会員のために尽力されました。
「会報についての基本方針」 専務理事 藤 原 良 春 この度、大久保先生より会報についての貴重な御意見をいただきました。広報部としては、今後も会員の方々の御意見を参考にしながら、よりよい会報となるよう努力して参ります。そこで、会報はどのような考え方で編集しているのか、又今後充実発展させる目標も含めて述べておきますので御理解並びに御協力をお願い致します。 1.情報の伝達として 会報は会と会員を直接結ぶパイプです。先ず、会をどのように運営しているのかを詳細に伝えて理解していただく事が、運営に於ても、又組織を活性化させる上でも大変重要なことです。従って情報としては、執行部の考え方、運営、事業活動はもとより、各種会合の内容、学術面,行政,関係団体,業界等広い意味での情報を伝えたいと考えています。 2.会員のサロンとして 現在市薬会員は800名を越え、世代間の相違もあって会に対する意見、要望もさまざまです。会としても、会員同士の間でもいろいろな考え方があることを、知っておく必要があります。その目的で設けているのが会員の広場です。執行部に対しても、批判,意見,要望がありましたら遠慮なく書いて下さい。又、詩,短歌,俳句,川柳等趣味,娯楽面も取り上げて親睦の場にしたいと考えています。 3.対外的PRの手段として 政治力も重要ですが、今や会の存在を対外的にPRすることは不可欠の時代となっています。時折り口で説明するより、定期的に会報を読んでいただく方が理解を得やすいことは、論を待たないでしょう。そういう意味で会報は、「会の顔」とも言えます。対外的には前号より、市医師会,市歯科医師会,市衛生局.各区保健所,県薬務課.県薬,日薬に配付することに致しました。今後は市長,県知事,推せんしている市会,県会,国会議員,及び新聞社まで配付対象を広げたいと考えていますが、それには内容の充実、更に内容のレベルアップが必要であり、それに伴うページ数の増加、そして体裁も整える必要があり、現在は予算不足がネックとなっています。 4.記録として 会報第1号が発行されたのは、昭和53年(会長 藤野義彦)です。その後昭和57年(会長 富永泰資)に市薬広報が追加発行されました。通算すると今号で52回発行されたことになります。昭和61年、いずれ市薬年史を発行する事になるであろうと考え、資料の調査に当りましたが、昭和46年の社団法人発足以前のものは殆んど残っておりません。歴代会長の名前さえ、昭和28年以前は不確かな状態です。まして事業内容は調べようがありません。この事を考えるとき、会報の記録の大切さが痛感させられます。会報に出ている「会務日誌」にしても、書いている私でさえ感激はありません。おそらく読まれている方は少ないでしょう。しかし、後になって会史を振り返るとき、その目次惑いは索引となるものなので欠かすことができません。 5.結びとして 以上会報が持つ意味、又編集方針を述べましたが、最も大切な事は、読んでいただけるものでなければならないという事です。そして会報は、会員のために存在するという事を念頭に於て編集に当りたいと考えています。 会員の皆様、日薬誌,県薬会報,市薬会報とありますが、最も興味を示されるのはどれでしょうか?願わくば、市薬会報を最もよく読んでいるといわれるようにしたいものです。 最後に、会報の編集には現在4名の女性が携わっています。特に担当理事である木原先生は、大変ユニークな発想の持ち主で、そこに期待するところ大であります。と同時に、立派な会報に発展するよう、会員の皆様方に御協力をお願いする次第です。 会 務 日 誌
7月1日 第45回国民体育大会 福岡市実行委員15:00 福銀本店(古賀) <編集後記> 〇福岡の街に秋を告げる、筥崎八幡宮の放生会(ほうじょうや)が始まりました。やはり、放生会にお参りして、新生妻を買って帰らないと、何んだか秋がやって来ないような気がするから不思議です。 〇先日、日本薬剤師連盟幹事長の高橋輝一郎先生に、厚かましく原稿依頼の手紙を出しました。原稿の締切り日を過ぎても原稿は届きませんし、やはり、お忙しいから、地方の福岡市薬剤師会(広報部)の願いは聞いていただけないのかなぁと、あきらめておりましたら、9月8日速達で送って下さいました。 〇市薬念願の大事業である試験センターの申請書が受理され、新会館の建設に向けて、着々と準備が進められています。 でも、今一人一人の会員が頑張らなければならない一番大切な事は、来年の石井先生の参院選に向けて、いかに行動するかという事ではないでしょうか。 (木原) 「 川 柳 」 博 多 人 形 ◇調剤は やさしき心と みつけたり ◇おだてられ いつの問にやら 役員に ◇県薬を ケチ薬という 人もあり ◇夏季休暇 ゴロ寝と甲子園で 過ぎにけり ◇かの夫(ひと)を カウチポテトとは よく呼べり ◇世代感 演歌聞く親に 子はソッポ ◇やってみて 前任者の苦労 よくわかり ◇晴れやかな 叙勲の陰に やさしき人 ◇川柳に 託して 会を思いやり ◇編集の ミスがちらつき 目が覚める ◇横たわる 高きハードル 乗り越えて |
| |