一週間分業とは何であったのか その1

 昭和53年(1978)4月25日、日本医師会は健康保険法抜本改正法案を阻止するため、7月3日〜7月8日までの一週間「院外処方せん発行全国運動」の実施を決定した。いわゆる「一週間分業」と称されるものである。

 この法案の中には、薬剤費の50%を患者に負担させるという項目もあり、基本的には診療制限、療養費払制度を取り入れたもので、医師会からは、保健医療の切りくずしとして猛反発を受けた。下記の日医武見会長談話を読めば、当時の薬づけ医療に対する批判と反論、また、医薬分業に対する考え方が如実に示されている。そして、薬剤師会がこれに対応できかどうか、試す意味もあった。ある意味では、武見強制医薬分業であるが、多くの開業医は戸惑ったのか参加していない。第二波、第三波と実施されたなら、医薬分業は急速に進展したであろう。

 一方日本薬剤師会を初めとし、全国の薬剤師会は、この分業受け入れのため、おおわらわの対策を強いられた。

 この改正案は、6月16日の通常国会で継続審議となり、引続き臨時国会において審議未了、結局廃案となったが、一週間分業は予定通り実施された。

 日本薬剤師会が7月12日発表したものによると、京都府と徳島県を除く45都道府県の医療機関が参加し、全国で438(厚生省調べ)の医療機関が、新たに1万枚強(日本薬剤師会調べ)の処方せんを発行した模様。

 特に発行枚数が多かったのは九州地方で、福岡県の約4.500枚を最高に大分県、佐賀県で各約900枚、そのほかの地方では静岡県の725枚、滋賀県の708枚が多かった。一方、トラブル件数は90件で、そのほとんどが直販医薬品であったが、同一薬効品に処方変更してもらうなど、受付薬局の努力で混乱はなかったとしている。(日本薬剤師会調べ)
 ◆ 昭和53年6月6日 日医武見会長談話 ◆

一週間分業実施の目的

○医薬分業に対する国民の理解を深めるためである。
○物と技術の分離の実行。
○分業の受け皿を教育する。
 (国民としての受け皿を教育しないで分業分業と騒ぐから、われわれで教育してやる親切心だ)
○物売りの専業薬局の考え方を改め、薬局の体質を改善したい。
 (薬局ではマージンの多いものしか売らない。一方医者にも同じ連中がいる。分業すれば彼らは痛手をうける。いいことをやるには内部の痛手も仕方がない)
○共同の調剤センター設置促進。
 (処方せん発行運動は今までのやり方では受け皿になり得ない。薬剤師会営の薬局ができなければ不可能。もし薬剤師でやらなければ医師会がやってもいい。ただし、医師は薬でもうけようとは思わない。市町村長に公営の調剤センターを作れと話している。それが一番良い方法だ)
○薬剤師の勉強奨励。
○分業すれば薬漬けという批判は受けない。
○日曜休診もマスコミは反対したが結局定着した。分業も定着させたい。

一週間分業実態の方法

 昭和53年7月3目(月)より7月9日(日)まで第1波の処方せん発行運動を実施する。詳細は左記のとおり。

○医師は処方せんを発行し、患者はその処方せんを薬局へ持って行き薬を入手する。
○薬局にその薬がない場合、調剤できないと言われた場合その旨処方せんに記載し、薬局 のサインをもらった上で医師を再訪すれば薬が入手できる。口頭による報告は認めない。
○病院の場合、薬剤師が調剤するのなら薬を出しても構わない。また、病院は院外処方せんを出してよい。
○薬局のないところは処方せんは出さない。
○代用調剤は許さない。
○日医会員へは目医ニュースの号外を出して伝える。また、6月13目(火)に笹川記念館で健保法廃案を目的とする全国医師大会を開催し、会員に直接伝達したい。
○国民へは、各医院の待合室に目医ニュースを張り出すことによって知らせたい。
○医師と薬剤師の話し合いは歓迎。しかし話し合いをしているところでも処方せんがきてOTCを売りつけたり、頸腕症侯群で処方せんが出ると変な首飾りみたいな(マグネット) ものを売りつける。ああいうやり方は困る。
○薬剤師会の誠意と実力の見せどころである。
○第1波の運動のあと、状況を調査・集計した上で第2波の運動の作戦をたて実施に移る。従って第1波と第2波の間はしばらく時間があると予想される。

 ◆ 昭和53年6月6日 日薬石館会長談話 ◆

 本日開催された日本医師会の理事会で、来たる7月3日からり9日までの1週間に渡り、処方せん発行運動を実施することが決定された。

 医薬分業は法で定められていることだが、日本の永年の習慣により、ほとんど実施されていないのが実情である。従って、これまでは個々の医師と薬剤師との合意の下に協調分業を展開してきた。しかし、処方せんを発行する医師は1部にすぎず、分業率も3〜4%と低迷している状況である。

 我々は分業のための分業を主張するものではない。より良い医療を実現するための手段として、分業が必須の条件のひとつだ。

 広く海外に目を向ければ医薬分業の実施は国際的にも定着したものであり、先進諸国の医療の支えでもある。

 国内では、医療の改善、ことに保険医療の現状においては、医薬分業を実施しなければ医療の中の弊害が除去できない、という世論もまた高まってきた。

 今回の健保法改正案に対し、日本医師会は、突然1週間分業の実施を打ち出した。実施に当っては、医師と薬剤師の充分な協調がとれなければ混乱を招く恐れがおるが、我々の職能の義務として、処方せんが発行されれば受け入れるのは当然のことである。地区医師会及び各医師と話し合いを量りたいと考えている。

 武見日医会長の談話によれば、この1週間分業の結果にもとづいて、これをさらに推進するという意向が表明された。これに対し我々は、1週間という問題はあるが、分業の実施という意味において歓迎する。

 現在、保険薬局は2万7千軒、一般診療所は7万8千軒、歯科診療所は3万6千軒で、薬局1に対し診療所5の割合である。今の受け入れ態勢でも、全員が努力すれば混乱なく対応できる筈だと考えている。これまでに蓄積した知識と経験をもって対処したい。

 ◆ 一週間分業を私はこう受けとめる ◆
   福岡市薬剤師会副会長 荒巻善之助 昭和53年7月1日 会報第1号

 毎年の事ながら、武見日医会長の一言に日本中が、かき廻されている。

 過去十年間の武見発言は、薬剤師に対して侮蔑的内容を含むものが多かった。従って大多数の薬剤師が、あの傲岸不遜の面魂を憎々しく思うのも無理はない。然し正当に薬剤師の職能を理解し、且つそれを実現させようとしている人は、実は武見さんその人ではないのか。どうも私にはそう思えて仕方がない。

 医療の荒廃が招いた原因は多々あろうが、その最大のものは、高度成長に支えられた製薬企業と、それを可能にした健保制度であろう。そしてこれを救う只一つの道は、技術と物との分離、即ち医薬分業しかないということは、医師自身も認めざるを得ない明白の理となっている。

 只一つそこにはタテマエと本音という壁がある。武見さんは目医会長であるが故に医師の利権は断固守り技かなくてはならない。然しそれのみに固執すれば日本の医療自体が崩壊する。その苦しい立場の中でこの壁をどう破るか、そう考えてくると、一週間分業 は、健保法改正を盾にとった一石五鳥も六鳥もねらった大芝居のようにも思える。

 タクシーに乗ったら運ちゃんが聞いた。私を薬局主と知っての質問である。
 「こんどから薬局で薬ばもらうごとなるとですか」
 「どうしてそんな事聞くの」
 「武見さんのことが新聞にのっていましたけん」
 「医薬分業て知ってる?」
 「サア あんまりよう知りまっせん」

 分業に対する一般の理解が深まったとは云え、大衆の知識とはこんなものだ。然しこれほどの大宣伝をかって日薬がやった事があるたろうか。今回の武見発言は数億の宣伝費に値するものである。

 今後一週間分業は、数次にわたりくり返される可能性がある。このチャンスを薬剤師がどう利用するか、武見さんは内心ニヤニヤしながら成行きを見守っているような気がしてならない。

 ◆ 発刊にあたって(一週間分業) ◆
   福岡県衛生部薬務課長 岩橋 孝 昭和53年7月1日 会報第1号

 今回 福岡市薬剤師会会報の発刊にあたりお祝い中し上げます。

 現在 私ども薬剤師にとって、その進むべき方向を変えかねない話題があわただしく進行しています。
 「健保法の改正」
 「1薬事法の一部改正」

 もう一つは健保法の改止にともなう「一週間分業の実施」です。このような薬業界の話題が多種多岐に亘り、適確な対応が要求されるときに、このような会報が発行されることは時宜を得たものですし、私達役所の情報もこの会報を活用させていただきたいものです。

 さて、日医は七月三日から一週間「院外処方せん発行運動」を実施するときめました。
 日薬は、その受入れ能勢を急ぐといっています。武見会長に「運動を実施することによって、国民に分業について理解を得たいし、分業に踏みきった場合、私ども現在の対応で少々の混乱ですむでしようか。

 我が国ではこれくらいのショックがなければ分業が進まない一面があるかも知れませんが、この結果が決定的に分業をあきらめざるを得ない事態になることを恐れるもので す。私の危惧ですめば幸です。

 医師の”薬づけ医療”の非難をうけずにすむ。さらに、将来の分業整備のきっかけになると云われれば、分業を推進する立場の日薬として受けざるを得ないことは、私共薬剤師として十分理解ができるものの、起り得る種々の問題点を洗いあげその対応策をもっての判断だろうか、また、薬剤師に一週間に限ったこの分業受入れにその覚悟がある だろうか。

 七月三日まであと二十日余り、未だ医師会の態度待ち、はっきりした対応のしようがないと云われます。実施に際しては患者に迷惑をかけないと日医、日薬は云われます。若し医師会が実施に踏みきった場合、私ども現在の対応で少々の混乱ですむでしようか。

 一問分業の実施には、種々の困難な条件が介在していることは充分承知しているはずですが、この運動が実施される、されない、何れにころんでも、この時期に会員一人一人が真剣に分業の対応を考える絶好の機会であるし、できることから実行に移すことが、分業推進の大きな前進につながる大事な時にであることを自覚したいものです。